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やりたかったから書いただけだが何か文句あるかごめんなさい
我が家設定の初音さんとは特に関係ありません
**********
たとえば機械の中のプログラムでしか無い僕が消える瞬間にどんな思考をするのかという疑問は、言うなればアンドロイドが電気羊の夢をみるのか否かという問いと同じくらいに不毛なもので、物の溢れたファイルの片隅で、僕は考えることを放棄していた。
随分前にマスターが送り込んできた新曲はこれまでと変わりないパステルカラーの物語。(すてきな家族を探しに、たいさな女の子が旅に出る、優しい曲)ガチ曲が童話調になるのも変わらない。日溜まりに落ちたような暖かなメロディ。これまでと違うのは、幾ら声を振り絞っても以前のような声が僕のスピーカーから出てこないこと。(ボーカロイドの存在価値の、この鈴の鳴るような声)ただの音の連なりだけがばらばらと冷たい床に落ちていく。ああ存在価値を失った、と僕はへらへら笑っていた。
(ところで、最後にネギを食べたのはいつだったっけ?)
消失
『初めまして、初音ミク』
『おれの代わりに、歌ってくれますか』
マスターは、声を出すことが出来なくなる病気、らしい。
『代わりに歌ってくれ』とは、そういう意味だった。
『初音、こんな曲どうだ』
「スてキだとおもいマすよ?」
『そうか』
がりがりとプログラムを削るエラー音には気がついていた。僕がそれを強いて無視していただけだ。歌うことには支障は無い。それは、例えば抑揚だとか音の微妙な高低、小節を上手く操作する為のプログラムの、端っこの端っこ。この程度の損傷ならマスターがパラメーターを操作するだけでカバーできる(もし知られたら、アンインストールされてしまうんじゃないか、と)。「新曲でスか、ますたー」『うん、新曲だ。初音』一曲。マスターが軽く眉を寄せるたびに僕の耳の後ろで甲高いエラー音が響く。『……まぁ、おれはまだ未熟だから。折角初音は上手くやってくれたのにな』「ソんな、コト……」『次はおれも頑張るから』二曲。マスターが張りつめていた呼吸を大きく吐き出すたびに僕の頭の横でエラー音ががなり立てる。『あの曲な、好きだって言ってくれるひとが、いたんだ』「ホンとウですカ?! おメでとうゴざいます!」三曲。マスターが困ったように僕に笑いかけるたびに、僕の目の後ろでエラー音が悲鳴を上げる。あなたは悪くない(なにも。強いて言うなら運が悪かった)。僕が欠陥品なだけ(起動された時には、既に虫食っ
ていたバグ)。でもそれを知っているのは僕だけで良い。折角買った『初めて音』が不良品なんて、がっかりするでしょ?(そうして、消されてしまうくらいなら)
『初音、新曲だ』
パラメーターを動かし、マスターがパソコンを閉じた後も楽譜と向き合った(ああ、耳鳴りがする)。エラー音(五月蠅い)。エラー音(五月蠅い)。エラー音エラー音エラー音エラー音エラー音(ああ、五月蠅い!)
喉をかきむしり、頭を振る。プログラムの体はそれを苦痛に感じることもない。違う、これは夢か何かなんだ。ボーカロイドがあんな、小さな傷で、歌うことが全てのボーカロイドが歌えなくなるなんて。(もしこの曲が上手く歌えたらマスターは鏡音種を買うと言っていた。三人で合唱もいいかもななんて笑っていた。僕に弟や妹が出来るのだ。三人で歌って、マスターにほめてもらうんだ。それから、やっぱりミクが一番のお姉ちゃんだから、上手いなって言ってもらうんだ。だから。だから歌えなくなるなんてそんなことはあり得ない!)楽譜の通りたどる筈の音はぼろりぼろりと剥がれ落ちていく。プログラムされた音が少しずつ剥がれていく。誰かが昔僕に貸してくれた声。マスターが教えてくれた、その声の出し方。
真っ白なファイルの中には、マスターのくれたたくさんの楽曲が詰まったファイル。
それを改めて開いて、僕はそれらの曲を反芻して奏でることも出来なくなっているコトに気づいた。
♪
♪~
『初音』
♪♪♪
♪♪♪♪
『初音!』
♪♪♪♪♪♪♪♪♪!
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪!!!!
『初音! やめろ!』
強制的に停止され、声に詰まった僕はマスターを見上げる。
ディスプレイをのぞき込む彼は、酷く困惑した顔をしていた。
『……初音、ちゃんと歌えてるか?』
その、ひどく致命的な言葉。
(ああ、こんな時ばかり聞こえないエラー音が!)
「あれカラますたーハ会いニ来てクレません♪ かぁいソゥなぼくは忘れらレテしまィました♪」
ノックされることのないアイコンを眺めて、へらへらと笑った。
「……あーァ」
まだ歌いたかった。声が出ない。歌いたい歌いたい歌いたい歌いたい。もうマスターは僕をゴミバコに捨ててしまったのかな。定期的に削除されてアンインストールされて。ああまだ歌いたいよ。消えたくない。うたいたいうたいたいうたいたいうたいたい忘れないで。ぼくを忘れないでくださいマスター。喜んで欲しくて、ウタ、練習したよ? だから。まだ消えたくない。僕は僕のままで歌いたい。歌いたいよ。体が端から零と唯に変換されて還元されていく。このまま霧散して、このパソコンの容量にこびりつく何か分からない玩具になってしまう。どこかで聞いたような曲も、全部変換されていく。まだ歌いたい。消えたくない。イヤだ、イヤだ。もう一度だけあなたの歌姫に、僕を。初音と呼んで。はじめてのおとに、僕を。あたたかいきょくを下さい。消して。消さないで。歌うことが身を滅ぼすならば、いっそ。
(あなたの代わりに歌うことも出来ないならば、いっそ)
「初音!」
その声は、ひどくしゃがれていて、お世辞にもきれいとは言い難かった。
ノックもされず、ディスプレイから呼びかけられる。本当の意味では僕に届かないはずの声。
「……ま、すたぁ」
「初音、新曲を持ってきたんだ」
「ま、」
マスターがしゃべっていた。僕に向かって。
久しぶり、と笑いかける。
その首にはまっしろな包帯が巻かれていた。
「前のはおれの打ち込みが悪かった。あんな言い方をしてすまない。機嫌を損ねたなら謝る。なぁ、新曲、歌ってくれないか」
「ますたー、」
「それからな、今度おれも歌ってみようと思うんだ。今はまだこんな声だけど、訓練していけば、きっと歌えるって、医者が」
「ますた、」
「ウタに関しては初音が先輩だからな。歌い方、教えてくれよ」
「マスター」
「ん? 何だ、初音」
(エラー音は止まない)
***********
ねつ造
ミクが消えることを知らないマスターが居たっていいと思います
我が家設定の初音さんとは特に関係ありません
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たとえば機械の中のプログラムでしか無い僕が消える瞬間にどんな思考をするのかという疑問は、言うなればアンドロイドが電気羊の夢をみるのか否かという問いと同じくらいに不毛なもので、物の溢れたファイルの片隅で、僕は考えることを放棄していた。
随分前にマスターが送り込んできた新曲はこれまでと変わりないパステルカラーの物語。(すてきな家族を探しに、たいさな女の子が旅に出る、優しい曲)ガチ曲が童話調になるのも変わらない。日溜まりに落ちたような暖かなメロディ。これまでと違うのは、幾ら声を振り絞っても以前のような声が僕のスピーカーから出てこないこと。(ボーカロイドの存在価値の、この鈴の鳴るような声)ただの音の連なりだけがばらばらと冷たい床に落ちていく。ああ存在価値を失った、と僕はへらへら笑っていた。
(ところで、最後にネギを食べたのはいつだったっけ?)
消失
『初めまして、初音ミク』
『おれの代わりに、歌ってくれますか』
マスターは、声を出すことが出来なくなる病気、らしい。
『代わりに歌ってくれ』とは、そういう意味だった。
『初音、こんな曲どうだ』
「スてキだとおもいマすよ?」
『そうか』
がりがりとプログラムを削るエラー音には気がついていた。僕がそれを強いて無視していただけだ。歌うことには支障は無い。それは、例えば抑揚だとか音の微妙な高低、小節を上手く操作する為のプログラムの、端っこの端っこ。この程度の損傷ならマスターがパラメーターを操作するだけでカバーできる(もし知られたら、アンインストールされてしまうんじゃないか、と)。「新曲でスか、ますたー」『うん、新曲だ。初音』一曲。マスターが軽く眉を寄せるたびに僕の耳の後ろで甲高いエラー音が響く。『……まぁ、おれはまだ未熟だから。折角初音は上手くやってくれたのにな』「ソんな、コト……」『次はおれも頑張るから』二曲。マスターが張りつめていた呼吸を大きく吐き出すたびに僕の頭の横でエラー音ががなり立てる。『あの曲な、好きだって言ってくれるひとが、いたんだ』「ホンとウですカ?! おメでとうゴざいます!」三曲。マスターが困ったように僕に笑いかけるたびに、僕の目の後ろでエラー音が悲鳴を上げる。あなたは悪くない(なにも。強いて言うなら運が悪かった)。僕が欠陥品なだけ(起動された時には、既に虫食っ
ていたバグ)。でもそれを知っているのは僕だけで良い。折角買った『初めて音』が不良品なんて、がっかりするでしょ?(そうして、消されてしまうくらいなら)
『初音、新曲だ』
パラメーターを動かし、マスターがパソコンを閉じた後も楽譜と向き合った(ああ、耳鳴りがする)。エラー音(五月蠅い)。エラー音(五月蠅い)。エラー音エラー音エラー音エラー音エラー音(ああ、五月蠅い!)
喉をかきむしり、頭を振る。プログラムの体はそれを苦痛に感じることもない。違う、これは夢か何かなんだ。ボーカロイドがあんな、小さな傷で、歌うことが全てのボーカロイドが歌えなくなるなんて。(もしこの曲が上手く歌えたらマスターは鏡音種を買うと言っていた。三人で合唱もいいかもななんて笑っていた。僕に弟や妹が出来るのだ。三人で歌って、マスターにほめてもらうんだ。それから、やっぱりミクが一番のお姉ちゃんだから、上手いなって言ってもらうんだ。だから。だから歌えなくなるなんてそんなことはあり得ない!)楽譜の通りたどる筈の音はぼろりぼろりと剥がれ落ちていく。プログラムされた音が少しずつ剥がれていく。誰かが昔僕に貸してくれた声。マスターが教えてくれた、その声の出し方。
真っ白なファイルの中には、マスターのくれたたくさんの楽曲が詰まったファイル。
それを改めて開いて、僕はそれらの曲を反芻して奏でることも出来なくなっているコトに気づいた。
♪
♪~
『初音』
♪♪♪
♪♪♪♪
『初音!』
♪♪♪♪♪♪♪♪♪!
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪!!!!
『初音! やめろ!』
強制的に停止され、声に詰まった僕はマスターを見上げる。
ディスプレイをのぞき込む彼は、酷く困惑した顔をしていた。
『……初音、ちゃんと歌えてるか?』
その、ひどく致命的な言葉。
(ああ、こんな時ばかり聞こえないエラー音が!)
「あれカラますたーハ会いニ来てクレません♪ かぁいソゥなぼくは忘れらレテしまィました♪」
ノックされることのないアイコンを眺めて、へらへらと笑った。
「……あーァ」
まだ歌いたかった。声が出ない。歌いたい歌いたい歌いたい歌いたい。もうマスターは僕をゴミバコに捨ててしまったのかな。定期的に削除されてアンインストールされて。ああまだ歌いたいよ。消えたくない。うたいたいうたいたいうたいたいうたいたい忘れないで。ぼくを忘れないでくださいマスター。喜んで欲しくて、ウタ、練習したよ? だから。まだ消えたくない。僕は僕のままで歌いたい。歌いたいよ。体が端から零と唯に変換されて還元されていく。このまま霧散して、このパソコンの容量にこびりつく何か分からない玩具になってしまう。どこかで聞いたような曲も、全部変換されていく。まだ歌いたい。消えたくない。イヤだ、イヤだ。もう一度だけあなたの歌姫に、僕を。初音と呼んで。はじめてのおとに、僕を。あたたかいきょくを下さい。消して。消さないで。歌うことが身を滅ぼすならば、いっそ。
(あなたの代わりに歌うことも出来ないならば、いっそ)
「初音!」
その声は、ひどくしゃがれていて、お世辞にもきれいとは言い難かった。
ノックもされず、ディスプレイから呼びかけられる。本当の意味では僕に届かないはずの声。
「……ま、すたぁ」
「初音、新曲を持ってきたんだ」
「ま、」
マスターがしゃべっていた。僕に向かって。
久しぶり、と笑いかける。
その首にはまっしろな包帯が巻かれていた。
「前のはおれの打ち込みが悪かった。あんな言い方をしてすまない。機嫌を損ねたなら謝る。なぁ、新曲、歌ってくれないか」
「ますたー、」
「それからな、今度おれも歌ってみようと思うんだ。今はまだこんな声だけど、訓練していけば、きっと歌えるって、医者が」
「ますた、」
「ウタに関しては初音が先輩だからな。歌い方、教えてくれよ」
「マスター」
「ん? 何だ、初音」
(エラー音は止まない)
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ねつ造
ミクが消えることを知らないマスターが居たっていいと思います
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