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亜種注意
愛宕さん宅のルカ様とアカイトくん(初登場)
ちなみに愛宕さんは特に何も考えていないすてきな女性です
**********
なんだろうこのじょうきょうは、とやにわに身が固まる。
「アカイト、もう少しそちら詰めてください」
「おう」
「うぅむ、やはらかい……。やはり高いお金を出しただけありますねぇ。科学の進歩とはすばらしいものです」
「アカイト、masterが押してきて狭いのでもう少し」
「ルカ、おれ壁は冷たいから嫌だよ」
「……むぅ」
今の体勢。
ますたーがルカの背中に抱きついて、ルカがおれの背中に抱きついている。よの男性に後ろから刺されてしまいそうだが、背中はルカがばっちりガード。あんしんだ。
連鎖枕
すべては我らがマスターがベッドで昼寝をしているところからはじまる。
布団も掛けずにもなもなやっていた我らがマスターをみたルカが保護者心をだして、布団をかけてやろうとしたところ、ベッドにひきづりこまれ、抱き枕になれとの命をうけたそうな。
マスターは二十歳を過ぎたいまでもベッドにぬいぐるみをたずさえるようなおとななので、まぁそこまでは別に良いと思う。おれは巻き込まれていなかったし、そのじょうたいになった所はみたけれど、マスターはだまって抱きつきルカはだまって抱きつかれていて需要と供給がなりたっていたのでかまうことないと思っていた。
なのでそれを見届けたおれは、お茶でも飲もうと台所へ向かった。二人もそのうちに来るだろうと三人分湯呑みを用意したところで皿に乗ったあられを見つけて食べて良いものかとはかりかね、ルカに聞こうと寝室に戻ったのだった。
一方マスターに抱きつかれていたルカは、ますたーは頻繁に自分に抱きつくが何が楽しいのかとつねひごろから抱いていた疑問が爆発したらしい。薄暗い寝室に再度あらわれたおれを手招きこまねいて寄せ、マフラーを引いて自分の前に寝ころぶよういった。弁解をさせていただくならば、ルカがひっぱるマフラーが伸びてしまわないかとかが酷く心配だったのだ。どこかの青い兄貴のマフラーは聞くところによると化繊で作られた汚れたりも伸びたりもしないような代物らしいが、おれのものはただのフェルト地なので、伸びてしまうとひじょうに悲しいのだ。
かくして目の前にできたでかい枕に抱きつき、ルカはなにやらふむと納得しこれはなかなかと俺の背中をはなさなくなった。おれは台所に置いたままの緑茶が冷めてしまうなぁとぼぅっと思った。おれは横にすると目を閉じる人形のようなもので、外部端末を横にすると燃費がうまく行かなくなり、自動的にスリープモードに近いような、低機能状態になる。背中に抱きつくルカに体温はないので、暖かいとかは特に思わない。柔らかいのだろうが、あいにくその感覚は厚手のコートにさえぎられている。そこまでおれの外部刺激に対する感覚はするどくないのだ。
マスターの寝息が聞こえてくる。ルカは呼吸をしないタイプなので寝息は聞こえないが、腹に回った腕がますますかっちりとホールドされ動く気配の無いことから、どうやらスリープモードに入ろうとしているらしい。
ふうと息を吐く。
一応おれは男性型ボーカロイドで。そういった機能がついているのかは知らないが、ほんとうにこの状況はなんなんだろうと思う。ひじょうにあれな光景なんではなかろうか。
あれってなんだろう。
そもそもおれにとってはルカもマスターも親のような存在で、そのような対象にすることさえおこがましいと感じられる。向こう二人も、たぶんおれのことを出来の良くない弟や息子のようにしか感じていないに違いない。
それは断じて不快なことではなくて、家族だなぁと更にさらに感ぜられた。たぶん恐らく大まかに説明すると幸せな気分だ。
「アカイト、動かないでください」
「おぉー」
スリープに入りかけた、盛大なまぬけな声に笑う声がきこえる。
「……むぅ」
頭がじわりと重たい。
自分は会津に頼まれていた仕事がひと段落ついて、仮眠生活から解放されたのだと喜び勇んで昼寝をしたはずだ、と愛宕は頭を掻く。あまり上品な仕草ではないが、見る人はおるまいと壁にかかった時計をあおいだ。
胃の中は空っぽで、喉もからからに乾いている。
夕食の頃合いの時間になったらルカやアカイトが起こしてくれるだろう。と、言うことは、体感したよりも短い時間しか寝ていないのだろうか。部屋の中も明るい。
「あれ」
デジタルの電波時計は、きっかり八時を差していた。
無論、午前八時だ。
「……ルカもアカイトも、起こしてくれなかったんですか」
それとも自分が起きたくないとぐずったのだろうか。
記憶には無いが、寝汚い自分ならあり得る、と愛宕はため息を吐く。
ひとまず起きて何か飲もう、とベッドから降りて、ああと納得。
「お茶でも煎れておきましょうか」
スリープモードからの起動が設定されている時間は午前八時三十分。
それまでに簡単な朝食でも……と愛宕はそっと部屋を抜け出た。
「家族川の字で寝るなんて、中々良いじゃないですか」
**********
愛宕さんは特になにも考えていないすてきな女性です。
ルカは娘、アカイトは孫くらいの感覚。
アカイトはあほの子ではないですが愛宕さんに似たので特に何も考えてないです。
元は普通のアンドロイド(液体燃料対応)をボーカロイド用に根岸が改造したので、他の奴らとは違って排気のために呼吸します。エコカーと似たような原理で出るのは水蒸気なので冬は息が白くなります。周りのボーカロイドから浮くので寒いのは嫌いです。でも周りの皆は「何かかっけぇ」とわりと憧れの的です。
ちなみにルカさんは太陽電池ついてます。
愛宕さん宅のルカ様とアカイトくん(初登場)
ちなみに愛宕さんは特に何も考えていないすてきな女性です
**********
なんだろうこのじょうきょうは、とやにわに身が固まる。
「アカイト、もう少しそちら詰めてください」
「おう」
「うぅむ、やはらかい……。やはり高いお金を出しただけありますねぇ。科学の進歩とはすばらしいものです」
「アカイト、masterが押してきて狭いのでもう少し」
「ルカ、おれ壁は冷たいから嫌だよ」
「……むぅ」
今の体勢。
ますたーがルカの背中に抱きついて、ルカがおれの背中に抱きついている。よの男性に後ろから刺されてしまいそうだが、背中はルカがばっちりガード。あんしんだ。
連鎖枕
すべては我らがマスターがベッドで昼寝をしているところからはじまる。
布団も掛けずにもなもなやっていた我らがマスターをみたルカが保護者心をだして、布団をかけてやろうとしたところ、ベッドにひきづりこまれ、抱き枕になれとの命をうけたそうな。
マスターは二十歳を過ぎたいまでもベッドにぬいぐるみをたずさえるようなおとななので、まぁそこまでは別に良いと思う。おれは巻き込まれていなかったし、そのじょうたいになった所はみたけれど、マスターはだまって抱きつきルカはだまって抱きつかれていて需要と供給がなりたっていたのでかまうことないと思っていた。
なのでそれを見届けたおれは、お茶でも飲もうと台所へ向かった。二人もそのうちに来るだろうと三人分湯呑みを用意したところで皿に乗ったあられを見つけて食べて良いものかとはかりかね、ルカに聞こうと寝室に戻ったのだった。
一方マスターに抱きつかれていたルカは、ますたーは頻繁に自分に抱きつくが何が楽しいのかとつねひごろから抱いていた疑問が爆発したらしい。薄暗い寝室に再度あらわれたおれを手招きこまねいて寄せ、マフラーを引いて自分の前に寝ころぶよういった。弁解をさせていただくならば、ルカがひっぱるマフラーが伸びてしまわないかとかが酷く心配だったのだ。どこかの青い兄貴のマフラーは聞くところによると化繊で作られた汚れたりも伸びたりもしないような代物らしいが、おれのものはただのフェルト地なので、伸びてしまうとひじょうに悲しいのだ。
かくして目の前にできたでかい枕に抱きつき、ルカはなにやらふむと納得しこれはなかなかと俺の背中をはなさなくなった。おれは台所に置いたままの緑茶が冷めてしまうなぁとぼぅっと思った。おれは横にすると目を閉じる人形のようなもので、外部端末を横にすると燃費がうまく行かなくなり、自動的にスリープモードに近いような、低機能状態になる。背中に抱きつくルカに体温はないので、暖かいとかは特に思わない。柔らかいのだろうが、あいにくその感覚は厚手のコートにさえぎられている。そこまでおれの外部刺激に対する感覚はするどくないのだ。
マスターの寝息が聞こえてくる。ルカは呼吸をしないタイプなので寝息は聞こえないが、腹に回った腕がますますかっちりとホールドされ動く気配の無いことから、どうやらスリープモードに入ろうとしているらしい。
ふうと息を吐く。
一応おれは男性型ボーカロイドで。そういった機能がついているのかは知らないが、ほんとうにこの状況はなんなんだろうと思う。ひじょうにあれな光景なんではなかろうか。
あれってなんだろう。
そもそもおれにとってはルカもマスターも親のような存在で、そのような対象にすることさえおこがましいと感じられる。向こう二人も、たぶんおれのことを出来の良くない弟や息子のようにしか感じていないに違いない。
それは断じて不快なことではなくて、家族だなぁと更にさらに感ぜられた。たぶん恐らく大まかに説明すると幸せな気分だ。
「アカイト、動かないでください」
「おぉー」
スリープに入りかけた、盛大なまぬけな声に笑う声がきこえる。
「……むぅ」
頭がじわりと重たい。
自分は会津に頼まれていた仕事がひと段落ついて、仮眠生活から解放されたのだと喜び勇んで昼寝をしたはずだ、と愛宕は頭を掻く。あまり上品な仕草ではないが、見る人はおるまいと壁にかかった時計をあおいだ。
胃の中は空っぽで、喉もからからに乾いている。
夕食の頃合いの時間になったらルカやアカイトが起こしてくれるだろう。と、言うことは、体感したよりも短い時間しか寝ていないのだろうか。部屋の中も明るい。
「あれ」
デジタルの電波時計は、きっかり八時を差していた。
無論、午前八時だ。
「……ルカもアカイトも、起こしてくれなかったんですか」
それとも自分が起きたくないとぐずったのだろうか。
記憶には無いが、寝汚い自分ならあり得る、と愛宕はため息を吐く。
ひとまず起きて何か飲もう、とベッドから降りて、ああと納得。
「お茶でも煎れておきましょうか」
スリープモードからの起動が設定されている時間は午前八時三十分。
それまでに簡単な朝食でも……と愛宕はそっと部屋を抜け出た。
「家族川の字で寝るなんて、中々良いじゃないですか」
**********
愛宕さんは特になにも考えていないすてきな女性です。
ルカは娘、アカイトは孫くらいの感覚。
アカイトはあほの子ではないですが愛宕さんに似たので特に何も考えてないです。
元は普通のアンドロイド(液体燃料対応)をボーカロイド用に根岸が改造したので、他の奴らとは違って排気のために呼吸します。エコカーと似たような原理で出るのは水蒸気なので冬は息が白くなります。周りのボーカロイドから浮くので寒いのは嫌いです。でも周りの皆は「何かかっけぇ」とわりと憧れの的です。
ちなみにルカさんは太陽電池ついてます。
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お風呂!
お風呂!
**********
基本的にボーカロイドの外部端末は新陳代謝の機能を持っていないので、一週間に一度程度汚れを落とすくらいで事足りる。私の端末は特に、髪が鬱陶しいほど長く手入れに手間がかかるのだ。出来るだけ手を抜きたい。
ドライヤーの強風でゴミを飛ばすだけでもかまわない。
のだが、マスターは頑ななまでに私に『入浴』を勧める。
bath roman
何の対策も行わずにユニットバスに入ると、もう髪の湯か何かかと言いたくなる程に髪が広がるので、根性でふん縛って一つにまとめた。そうしててきとうに体を泡にまみれさせた後、シャワーで泡を流しながら湯船にお湯を貯める。
ふと見ると黄色いラバーダックが棚に置いてある。
「……」
ここはマスターの住んでいる高級マンションの一室で、基本的にこのバスルームを使用しているのはマスターである。
年齢不詳の、だがしかし良い歳であろう成人男性である。
「……どう、反応しよう……」
本当に、対処に困るからやめて欲しい。
棚から取り上げて、押しつぶすと間抜けな音がする。ぱふーだがぎゅびゅーだか言って、赤いバケツを被ったアヒルが潰れた。
そんな事をしている間に順調に湯船に貯まったお湯は、薬剤のおかげでぶくぶくと泡立っている。あまり意味の見いだせない気泡達に一つため息を吐き出し、私は膝を追ってお湯に浸かった。
胸のすぐ上辺りまで迫った泡を持ち上げ、息を吹きかけたりしてみるがいまいち楽しくない。
「……」
不意に、がらーっと脱衣場に繋がる引き戸があけられた。このマンションはユニバーサルデザインを採用しているので、本当は音なんて出ないのだが、私はそんな錯覚を覚えた。
そちらを仰ぐと、ワイシャツの袖とスラックスの裾をまくり上げた格好のマスターが仁王立ちをしていた。
果てしなく真剣な顔で湯船に浸かる私を見下ろしている。
「……マスタ、一応聞きますが、私の設定年齢はご存じですか」
「うん? 十六歳だろう? それがどうした」
「十六歳の少女が入浴中の浴室に堂々とはいらないで下さい。犯罪ですよ」
「大丈夫だ、私は君の親みたいなものだからな」
「親でもセクハラって成立するんですよ」とは言わない。
たとえ入浴中に乗り込んでも咎められない他の言葉があるのに、この変に不遜なマスターは決して其れを使おうとしない。私は酷く苛つくが、いつもの事だとため息を吐く。
泡で隠れているとは言え、殆ど全裸の私に対して何の気負いもなく接してくる、その態度!
マスターが私に注ぐ愛情は、基本的に子供に対する庇護と何も変わらない。
その扱いに不満はあれど、なれてはいた。
「……もう良いです」
「うん、そうか!」マスターは満足げに頷いた「初音くん、所で、体はもう洗ったのかい」
「洗いました」
「ふぅん、そうかい」
そう言うと私の頭のほうへ歩み寄り、
「じゃあ、髪を洗うぞ!」
私が十五分かけて纏め上げた髪をいとも簡単に解いて、豪快に笑った。
「……」
この髪洗うのにシャンプーとリンスどんだけいると思ってんですか、だとか、私の十五分返せ、だとか、拒否権はないのですか、だとか。
沸いてきた怒りや呆れ、何もかもをのみ下して私はため息を吐く。
「どうぞ、お好きに」
水が首筋を流れていく。
たっぷり三十分かけて私の頭を泡まみれにさせたマスターは、鼻歌交じりにご機嫌に、それを丁寧に洗い流していた。この後の簡単なタオルドライの後、リンスが待っている。
「楽しそうですね、マスタ」
「楽しいぞ! ……あ、や、痛かったか? 何処かひきつった?」
「いいえ」器用なマスターは、規格外に長い私の髪も的確に捌いて洗っていく「大丈夫です」
「そうか、なら良い」
「……マスタ、実は髪フェチですか?」
「うん? 言ってなかったか? 私がお前を買ったのは、売っていたボーカロイドの中でお前が一番髪が長かったからだぞ?」
「な、なん……だと……?!」
**********
最後のはおまけです
根岸さんのキャラクターが掴めない今日この頃
榎木津みたいなイメージで固めていく予定です
既存のミクのイメージを多少ぶち壊す根岸さん家の初音さん
題名元ネタは勿論某入浴剤
お風呂!
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基本的にボーカロイドの外部端末は新陳代謝の機能を持っていないので、一週間に一度程度汚れを落とすくらいで事足りる。私の端末は特に、髪が鬱陶しいほど長く手入れに手間がかかるのだ。出来るだけ手を抜きたい。
ドライヤーの強風でゴミを飛ばすだけでもかまわない。
のだが、マスターは頑ななまでに私に『入浴』を勧める。
bath roman
何の対策も行わずにユニットバスに入ると、もう髪の湯か何かかと言いたくなる程に髪が広がるので、根性でふん縛って一つにまとめた。そうしててきとうに体を泡にまみれさせた後、シャワーで泡を流しながら湯船にお湯を貯める。
ふと見ると黄色いラバーダックが棚に置いてある。
「……」
ここはマスターの住んでいる高級マンションの一室で、基本的にこのバスルームを使用しているのはマスターである。
年齢不詳の、だがしかし良い歳であろう成人男性である。
「……どう、反応しよう……」
本当に、対処に困るからやめて欲しい。
棚から取り上げて、押しつぶすと間抜けな音がする。ぱふーだがぎゅびゅーだか言って、赤いバケツを被ったアヒルが潰れた。
そんな事をしている間に順調に湯船に貯まったお湯は、薬剤のおかげでぶくぶくと泡立っている。あまり意味の見いだせない気泡達に一つため息を吐き出し、私は膝を追ってお湯に浸かった。
胸のすぐ上辺りまで迫った泡を持ち上げ、息を吹きかけたりしてみるがいまいち楽しくない。
「……」
不意に、がらーっと脱衣場に繋がる引き戸があけられた。このマンションはユニバーサルデザインを採用しているので、本当は音なんて出ないのだが、私はそんな錯覚を覚えた。
そちらを仰ぐと、ワイシャツの袖とスラックスの裾をまくり上げた格好のマスターが仁王立ちをしていた。
果てしなく真剣な顔で湯船に浸かる私を見下ろしている。
「……マスタ、一応聞きますが、私の設定年齢はご存じですか」
「うん? 十六歳だろう? それがどうした」
「十六歳の少女が入浴中の浴室に堂々とはいらないで下さい。犯罪ですよ」
「大丈夫だ、私は君の親みたいなものだからな」
「親でもセクハラって成立するんですよ」とは言わない。
たとえ入浴中に乗り込んでも咎められない他の言葉があるのに、この変に不遜なマスターは決して其れを使おうとしない。私は酷く苛つくが、いつもの事だとため息を吐く。
泡で隠れているとは言え、殆ど全裸の私に対して何の気負いもなく接してくる、その態度!
マスターが私に注ぐ愛情は、基本的に子供に対する庇護と何も変わらない。
その扱いに不満はあれど、なれてはいた。
「……もう良いです」
「うん、そうか!」マスターは満足げに頷いた「初音くん、所で、体はもう洗ったのかい」
「洗いました」
「ふぅん、そうかい」
そう言うと私の頭のほうへ歩み寄り、
「じゃあ、髪を洗うぞ!」
私が十五分かけて纏め上げた髪をいとも簡単に解いて、豪快に笑った。
「……」
この髪洗うのにシャンプーとリンスどんだけいると思ってんですか、だとか、私の十五分返せ、だとか、拒否権はないのですか、だとか。
沸いてきた怒りや呆れ、何もかもをのみ下して私はため息を吐く。
「どうぞ、お好きに」
水が首筋を流れていく。
たっぷり三十分かけて私の頭を泡まみれにさせたマスターは、鼻歌交じりにご機嫌に、それを丁寧に洗い流していた。この後の簡単なタオルドライの後、リンスが待っている。
「楽しそうですね、マスタ」
「楽しいぞ! ……あ、や、痛かったか? 何処かひきつった?」
「いいえ」器用なマスターは、規格外に長い私の髪も的確に捌いて洗っていく「大丈夫です」
「そうか、なら良い」
「……マスタ、実は髪フェチですか?」
「うん? 言ってなかったか? 私がお前を買ったのは、売っていたボーカロイドの中でお前が一番髪が長かったからだぞ?」
「な、なん……だと……?!」
**********
最後のはおまけです
根岸さんのキャラクターが掴めない今日この頃
榎木津みたいなイメージで固めていく予定です
既存のミクのイメージを多少ぶち壊す根岸さん家の初音さん
題名元ネタは勿論某入浴剤
やりたかったから書いただけだが何か文句あるかごめんなさい
我が家設定の初音さんとは特に関係ありません
**********
たとえば機械の中のプログラムでしか無い僕が消える瞬間にどんな思考をするのかという疑問は、言うなればアンドロイドが電気羊の夢をみるのか否かという問いと同じくらいに不毛なもので、物の溢れたファイルの片隅で、僕は考えることを放棄していた。
随分前にマスターが送り込んできた新曲はこれまでと変わりないパステルカラーの物語。(すてきな家族を探しに、たいさな女の子が旅に出る、優しい曲)ガチ曲が童話調になるのも変わらない。日溜まりに落ちたような暖かなメロディ。これまでと違うのは、幾ら声を振り絞っても以前のような声が僕のスピーカーから出てこないこと。(ボーカロイドの存在価値の、この鈴の鳴るような声)ただの音の連なりだけがばらばらと冷たい床に落ちていく。ああ存在価値を失った、と僕はへらへら笑っていた。
(ところで、最後にネギを食べたのはいつだったっけ?)
消失
『初めまして、初音ミク』
『おれの代わりに、歌ってくれますか』
マスターは、声を出すことが出来なくなる病気、らしい。
『代わりに歌ってくれ』とは、そういう意味だった。
『初音、こんな曲どうだ』
「スてキだとおもいマすよ?」
『そうか』
がりがりとプログラムを削るエラー音には気がついていた。僕がそれを強いて無視していただけだ。歌うことには支障は無い。それは、例えば抑揚だとか音の微妙な高低、小節を上手く操作する為のプログラムの、端っこの端っこ。この程度の損傷ならマスターがパラメーターを操作するだけでカバーできる(もし知られたら、アンインストールされてしまうんじゃないか、と)。「新曲でスか、ますたー」『うん、新曲だ。初音』一曲。マスターが軽く眉を寄せるたびに僕の耳の後ろで甲高いエラー音が響く。『……まぁ、おれはまだ未熟だから。折角初音は上手くやってくれたのにな』「ソんな、コト……」『次はおれも頑張るから』二曲。マスターが張りつめていた呼吸を大きく吐き出すたびに僕の頭の横でエラー音ががなり立てる。『あの曲な、好きだって言ってくれるひとが、いたんだ』「ホンとウですカ?! おメでとうゴざいます!」三曲。マスターが困ったように僕に笑いかけるたびに、僕の目の後ろでエラー音が悲鳴を上げる。あなたは悪くない(なにも。強いて言うなら運が悪かった)。僕が欠陥品なだけ(起動された時には、既に虫食っ
ていたバグ)。でもそれを知っているのは僕だけで良い。折角買った『初めて音』が不良品なんて、がっかりするでしょ?(そうして、消されてしまうくらいなら)
『初音、新曲だ』
パラメーターを動かし、マスターがパソコンを閉じた後も楽譜と向き合った(ああ、耳鳴りがする)。エラー音(五月蠅い)。エラー音(五月蠅い)。エラー音エラー音エラー音エラー音エラー音(ああ、五月蠅い!)
喉をかきむしり、頭を振る。プログラムの体はそれを苦痛に感じることもない。違う、これは夢か何かなんだ。ボーカロイドがあんな、小さな傷で、歌うことが全てのボーカロイドが歌えなくなるなんて。(もしこの曲が上手く歌えたらマスターは鏡音種を買うと言っていた。三人で合唱もいいかもななんて笑っていた。僕に弟や妹が出来るのだ。三人で歌って、マスターにほめてもらうんだ。それから、やっぱりミクが一番のお姉ちゃんだから、上手いなって言ってもらうんだ。だから。だから歌えなくなるなんてそんなことはあり得ない!)楽譜の通りたどる筈の音はぼろりぼろりと剥がれ落ちていく。プログラムされた音が少しずつ剥がれていく。誰かが昔僕に貸してくれた声。マスターが教えてくれた、その声の出し方。
真っ白なファイルの中には、マスターのくれたたくさんの楽曲が詰まったファイル。
それを改めて開いて、僕はそれらの曲を反芻して奏でることも出来なくなっているコトに気づいた。
♪
♪~
『初音』
♪♪♪
♪♪♪♪
『初音!』
♪♪♪♪♪♪♪♪♪!
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪!!!!
『初音! やめろ!』
強制的に停止され、声に詰まった僕はマスターを見上げる。
ディスプレイをのぞき込む彼は、酷く困惑した顔をしていた。
『……初音、ちゃんと歌えてるか?』
その、ひどく致命的な言葉。
(ああ、こんな時ばかり聞こえないエラー音が!)
「あれカラますたーハ会いニ来てクレません♪ かぁいソゥなぼくは忘れらレテしまィました♪」
ノックされることのないアイコンを眺めて、へらへらと笑った。
「……あーァ」
まだ歌いたかった。声が出ない。歌いたい歌いたい歌いたい歌いたい。もうマスターは僕をゴミバコに捨ててしまったのかな。定期的に削除されてアンインストールされて。ああまだ歌いたいよ。消えたくない。うたいたいうたいたいうたいたいうたいたい忘れないで。ぼくを忘れないでくださいマスター。喜んで欲しくて、ウタ、練習したよ? だから。まだ消えたくない。僕は僕のままで歌いたい。歌いたいよ。体が端から零と唯に変換されて還元されていく。このまま霧散して、このパソコンの容量にこびりつく何か分からない玩具になってしまう。どこかで聞いたような曲も、全部変換されていく。まだ歌いたい。消えたくない。イヤだ、イヤだ。もう一度だけあなたの歌姫に、僕を。初音と呼んで。はじめてのおとに、僕を。あたたかいきょくを下さい。消して。消さないで。歌うことが身を滅ぼすならば、いっそ。
(あなたの代わりに歌うことも出来ないならば、いっそ)
「初音!」
その声は、ひどくしゃがれていて、お世辞にもきれいとは言い難かった。
ノックもされず、ディスプレイから呼びかけられる。本当の意味では僕に届かないはずの声。
「……ま、すたぁ」
「初音、新曲を持ってきたんだ」
「ま、」
マスターがしゃべっていた。僕に向かって。
久しぶり、と笑いかける。
その首にはまっしろな包帯が巻かれていた。
「前のはおれの打ち込みが悪かった。あんな言い方をしてすまない。機嫌を損ねたなら謝る。なぁ、新曲、歌ってくれないか」
「ますたー、」
「それからな、今度おれも歌ってみようと思うんだ。今はまだこんな声だけど、訓練していけば、きっと歌えるって、医者が」
「ますた、」
「ウタに関しては初音が先輩だからな。歌い方、教えてくれよ」
「マスター」
「ん? 何だ、初音」
(エラー音は止まない)
***********
ねつ造
ミクが消えることを知らないマスターが居たっていいと思います
我が家設定の初音さんとは特に関係ありません
**********
たとえば機械の中のプログラムでしか無い僕が消える瞬間にどんな思考をするのかという疑問は、言うなればアンドロイドが電気羊の夢をみるのか否かという問いと同じくらいに不毛なもので、物の溢れたファイルの片隅で、僕は考えることを放棄していた。
随分前にマスターが送り込んできた新曲はこれまでと変わりないパステルカラーの物語。(すてきな家族を探しに、たいさな女の子が旅に出る、優しい曲)ガチ曲が童話調になるのも変わらない。日溜まりに落ちたような暖かなメロディ。これまでと違うのは、幾ら声を振り絞っても以前のような声が僕のスピーカーから出てこないこと。(ボーカロイドの存在価値の、この鈴の鳴るような声)ただの音の連なりだけがばらばらと冷たい床に落ちていく。ああ存在価値を失った、と僕はへらへら笑っていた。
(ところで、最後にネギを食べたのはいつだったっけ?)
消失
『初めまして、初音ミク』
『おれの代わりに、歌ってくれますか』
マスターは、声を出すことが出来なくなる病気、らしい。
『代わりに歌ってくれ』とは、そういう意味だった。
『初音、こんな曲どうだ』
「スてキだとおもいマすよ?」
『そうか』
がりがりとプログラムを削るエラー音には気がついていた。僕がそれを強いて無視していただけだ。歌うことには支障は無い。それは、例えば抑揚だとか音の微妙な高低、小節を上手く操作する為のプログラムの、端っこの端っこ。この程度の損傷ならマスターがパラメーターを操作するだけでカバーできる(もし知られたら、アンインストールされてしまうんじゃないか、と)。「新曲でスか、ますたー」『うん、新曲だ。初音』一曲。マスターが軽く眉を寄せるたびに僕の耳の後ろで甲高いエラー音が響く。『……まぁ、おれはまだ未熟だから。折角初音は上手くやってくれたのにな』「ソんな、コト……」『次はおれも頑張るから』二曲。マスターが張りつめていた呼吸を大きく吐き出すたびに僕の頭の横でエラー音ががなり立てる。『あの曲な、好きだって言ってくれるひとが、いたんだ』「ホンとウですカ?! おメでとうゴざいます!」三曲。マスターが困ったように僕に笑いかけるたびに、僕の目の後ろでエラー音が悲鳴を上げる。あなたは悪くない(なにも。強いて言うなら運が悪かった)。僕が欠陥品なだけ(起動された時には、既に虫食っ
ていたバグ)。でもそれを知っているのは僕だけで良い。折角買った『初めて音』が不良品なんて、がっかりするでしょ?(そうして、消されてしまうくらいなら)
『初音、新曲だ』
パラメーターを動かし、マスターがパソコンを閉じた後も楽譜と向き合った(ああ、耳鳴りがする)。エラー音(五月蠅い)。エラー音(五月蠅い)。エラー音エラー音エラー音エラー音エラー音(ああ、五月蠅い!)
喉をかきむしり、頭を振る。プログラムの体はそれを苦痛に感じることもない。違う、これは夢か何かなんだ。ボーカロイドがあんな、小さな傷で、歌うことが全てのボーカロイドが歌えなくなるなんて。(もしこの曲が上手く歌えたらマスターは鏡音種を買うと言っていた。三人で合唱もいいかもななんて笑っていた。僕に弟や妹が出来るのだ。三人で歌って、マスターにほめてもらうんだ。それから、やっぱりミクが一番のお姉ちゃんだから、上手いなって言ってもらうんだ。だから。だから歌えなくなるなんてそんなことはあり得ない!)楽譜の通りたどる筈の音はぼろりぼろりと剥がれ落ちていく。プログラムされた音が少しずつ剥がれていく。誰かが昔僕に貸してくれた声。マスターが教えてくれた、その声の出し方。
真っ白なファイルの中には、マスターのくれたたくさんの楽曲が詰まったファイル。
それを改めて開いて、僕はそれらの曲を反芻して奏でることも出来なくなっているコトに気づいた。
♪
♪~
『初音』
♪♪♪
♪♪♪♪
『初音!』
♪♪♪♪♪♪♪♪♪!
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪!!!!
『初音! やめろ!』
強制的に停止され、声に詰まった僕はマスターを見上げる。
ディスプレイをのぞき込む彼は、酷く困惑した顔をしていた。
『……初音、ちゃんと歌えてるか?』
その、ひどく致命的な言葉。
(ああ、こんな時ばかり聞こえないエラー音が!)
「あれカラますたーハ会いニ来てクレません♪ かぁいソゥなぼくは忘れらレテしまィました♪」
ノックされることのないアイコンを眺めて、へらへらと笑った。
「……あーァ」
まだ歌いたかった。声が出ない。歌いたい歌いたい歌いたい歌いたい。もうマスターは僕をゴミバコに捨ててしまったのかな。定期的に削除されてアンインストールされて。ああまだ歌いたいよ。消えたくない。うたいたいうたいたいうたいたいうたいたい忘れないで。ぼくを忘れないでくださいマスター。喜んで欲しくて、ウタ、練習したよ? だから。まだ消えたくない。僕は僕のままで歌いたい。歌いたいよ。体が端から零と唯に変換されて還元されていく。このまま霧散して、このパソコンの容量にこびりつく何か分からない玩具になってしまう。どこかで聞いたような曲も、全部変換されていく。まだ歌いたい。消えたくない。イヤだ、イヤだ。もう一度だけあなたの歌姫に、僕を。初音と呼んで。はじめてのおとに、僕を。あたたかいきょくを下さい。消して。消さないで。歌うことが身を滅ぼすならば、いっそ。
(あなたの代わりに歌うことも出来ないならば、いっそ)
「初音!」
その声は、ひどくしゃがれていて、お世辞にもきれいとは言い難かった。
ノックもされず、ディスプレイから呼びかけられる。本当の意味では僕に届かないはずの声。
「……ま、すたぁ」
「初音、新曲を持ってきたんだ」
「ま、」
マスターがしゃべっていた。僕に向かって。
久しぶり、と笑いかける。
その首にはまっしろな包帯が巻かれていた。
「前のはおれの打ち込みが悪かった。あんな言い方をしてすまない。機嫌を損ねたなら謝る。なぁ、新曲、歌ってくれないか」
「ますたー、」
「それからな、今度おれも歌ってみようと思うんだ。今はまだこんな声だけど、訓練していけば、きっと歌えるって、医者が」
「ますた、」
「ウタに関しては初音が先輩だからな。歌い方、教えてくれよ」
「マスター」
「ん? 何だ、初音」
(エラー音は止まない)
***********
ねつ造
ミクが消えることを知らないマスターが居たっていいと思います
カイトとミクが只管ぐだぐだする
**********
「……熱ぅ?」
「ほんと、折角来て貰ったのに、ごめん!」
ぱんっ、と勢い良く両手を合わせたカイトの頭頂部が良く見える。
先日渡されたデュエット曲の練習をするからと呼び出されてみれば、玄関先で出迎えたのはカイトの外部端末だった。
「二週間仮眠生活って……そりゃ体も壊すよ」
「休め休めって言っただけどなぁ……」
カイトのマスターは所謂同人作家をしている。本業は別にあるようだが、職場に出向いているのをみたことが無いので、おそらく在宅の仕事なのだろう、とミク達は考えていた。
昨日まで、その作家活動がかなり差し迫った状態だったらしい。
「何とか納期には間に合ったみたいだけどね。俺、印刷所まで走らされたし」
「それは、……ご苦労様」
「うん」自分で淹れたコーヒーを啜り、カイトはため息を吐く「ミクも、わざわざ来てくれたのにごめんな」
「もういいよ。それより、会津さん大丈夫なの?」
「あー、うん。ちゃんと暖かくして寝かせてるから、大丈夫だと思う……よ?」
「うちのマスタも、時々寝込むよ」
「何であの人たちってときどき機械より無茶するんだろう」
「リカバリーがついてないからじゃないの」
「人間にも付ければいいのに。リカバリー機能」
「兄さん、無茶言うなぁ」
リビングに上げられ、淹れて貰ったコーヒーを両手で持ち上げる。砂糖の一切入っていないそれはエネルギー変換されにくい。機械が暖まるのも宜しくない。ただ、こうしてカイトと向かい合って、コーヒーを飲みながら穏やかに会話をするという状況が、ミクにとってはひどく心地よかった。
『家族』の正しい形のようで。
換気の為か、少しだけ窓が開いている。帯状の風がミクの足を冷やした。
カイトは付けたままのテレビに目をやっている。
「兄さん」
「ん?」
ミクがカイトのことを兄と称するのは、年数として、製造されたのが先だからだ。それ以外の理由は無い、はずだった。
「暇だし、何か歌おうか」
「……ああ、うん。そうだな」
短い発声練習を終えて、本来会津――カイトのマスターの名前だ――にみて貰う筈だった練習曲のメロディラインをなぞる。
柔らかで甘ったるい、可愛らしいそれ。歌詞をよくよく読み込むと、優しい家族のことを歌っているのが分かる。
日曜の午後。暖かい日差しとゆったりした時間について歌った歌。
「……んー、ここのハモリ、ちょっと難しいかな」
「これは半音あげるんだって。さっきも言ったでしょ」
それはきっとエラーだが、ミクのリカバリー機能は作動しなかった。
**********
カイトのマスターの名前は『会津』
ミクのマスターの名前は『根岸』です
我が家のミクとカイトは正しく兄と妹。
喧嘩もしますし憎まれ口も叩きます。
**********
「……熱ぅ?」
「ほんと、折角来て貰ったのに、ごめん!」
ぱんっ、と勢い良く両手を合わせたカイトの頭頂部が良く見える。
先日渡されたデュエット曲の練習をするからと呼び出されてみれば、玄関先で出迎えたのはカイトの外部端末だった。
「二週間仮眠生活って……そりゃ体も壊すよ」
「休め休めって言っただけどなぁ……」
カイトのマスターは所謂同人作家をしている。本業は別にあるようだが、職場に出向いているのをみたことが無いので、おそらく在宅の仕事なのだろう、とミク達は考えていた。
昨日まで、その作家活動がかなり差し迫った状態だったらしい。
「何とか納期には間に合ったみたいだけどね。俺、印刷所まで走らされたし」
「それは、……ご苦労様」
「うん」自分で淹れたコーヒーを啜り、カイトはため息を吐く「ミクも、わざわざ来てくれたのにごめんな」
「もういいよ。それより、会津さん大丈夫なの?」
「あー、うん。ちゃんと暖かくして寝かせてるから、大丈夫だと思う……よ?」
「うちのマスタも、時々寝込むよ」
「何であの人たちってときどき機械より無茶するんだろう」
「リカバリーがついてないからじゃないの」
「人間にも付ければいいのに。リカバリー機能」
「兄さん、無茶言うなぁ」
リビングに上げられ、淹れて貰ったコーヒーを両手で持ち上げる。砂糖の一切入っていないそれはエネルギー変換されにくい。機械が暖まるのも宜しくない。ただ、こうしてカイトと向かい合って、コーヒーを飲みながら穏やかに会話をするという状況が、ミクにとってはひどく心地よかった。
『家族』の正しい形のようで。
換気の為か、少しだけ窓が開いている。帯状の風がミクの足を冷やした。
カイトは付けたままのテレビに目をやっている。
「兄さん」
「ん?」
ミクがカイトのことを兄と称するのは、年数として、製造されたのが先だからだ。それ以外の理由は無い、はずだった。
「暇だし、何か歌おうか」
「……ああ、うん。そうだな」
短い発声練習を終えて、本来会津――カイトのマスターの名前だ――にみて貰う筈だった練習曲のメロディラインをなぞる。
柔らかで甘ったるい、可愛らしいそれ。歌詞をよくよく読み込むと、優しい家族のことを歌っているのが分かる。
日曜の午後。暖かい日差しとゆったりした時間について歌った歌。
「……んー、ここのハモリ、ちょっと難しいかな」
「これは半音あげるんだって。さっきも言ったでしょ」
それはきっとエラーだが、ミクのリカバリー機能は作動しなかった。
**********
カイトのマスターの名前は『会津』
ミクのマスターの名前は『根岸』です
我が家のミクとカイトは正しく兄と妹。
喧嘩もしますし憎まれ口も叩きます。
ミクの語る我が家のミクマスターの話
**********
わたしのマスターは、やたらと尊大で、やたらと力強くて、やたらと格好良い。
何かにつけては只管に底意地の悪い笑みを浮かべて周りのひとたちを振り回している。
その割に、多忙なこの人は妙なところで疲れやすくて、それを表に出すまいとするからいけない。
powerful vocalist
「マスタ、新曲ですか?」
ノート型の本体に送り込まれてきた楽譜を手に、ディスプレイを見上げる。
めがねに光を反射させたマスターは、いつもより疲れた顔で私を見下ろしていた。私の言葉を聞いて数瞬してから、ゆらゆらと首を振ってマウスを掴んだままの手を此方にかざす。
「いや、それは、会津の奴の寄越した楽譜だ。デュエットを作ったらしい。歌ってやれ」
「はぁ、兄さんとのデュエットですか……分かりました」
言われてみれば、カンタービレの甘い曲調は成る程彼の書きそうなものだった。カイト兄さんとのデュエットは久々である。楽しみだな、と私は早速音符を目で追って、マスターの前だったと慌てて姿勢を正す。
マスターはそういう礼儀礼節にうるさく無い方だが、節々はきちんとしておきたい性分らしい。『基本は俺に対し敬語以外を使うのは禁止する。ただし休日は敬語を使うな』というのが起動されて初めての指示だったのを思い出す。
予想されていたマスター像――『私』を買うユーザーは、一般的に学生や収入の少ない社会人とされている。それに対して、彼はなんと一企業の社長だ――とは全く違った自分のマスターに、はじめ私は随分困惑したものだ。
ディスプレイの向こうで、マスターは疲れた様子で私を見下ろしていた。
まだ何か用事があるのだろうか。いつもなら用が終わればすぐにフォルダを閉じるひとなのに。
"移動デバイス"の方に用があるのか――たとえば肩を叩いて欲しいだとか――と端末を検索してみるが、返ってくるのはデバイス不在のワードだけ。
「……あの、マスタ?」
「ん? 何だい?」
「いえ、あの、何か、ご用ですか?」
「……、ああ、そうだな。意味も無く起動しているのも無駄だな。初音くん、何か歌いたまえ」
「……はぁ」
何かって。
随分曖昧な指示もあったものだ。この人らしくも無い。
「マスタ、リクエストなんかはありますか?」
「リクエスト?」
「何かと言われても、困ります」
「……そうだな」
がたた、と鈍い音がして、マスターがディスプレイから消える。倒れたのかと慌てて声を上げると、ひらひらと暢気な右手が現れた。
脱力して椅子にもたれ掛かったらしい。おそらくサイドボードの上に置かれているのであろう私からは、それだけでマスターの姿は見えなくなってしまう。
「何か、元気のでるような曲を……そうだな、君の得意な、あのやったら甘ったるいのがあったろ。あれを頼む」
「……マスタ、ああいう曲は嫌いじゃありませんでしたか?」
「少し疲れたんだよ。それに別に嫌いでは無い。作るのが不得手なだけだ」
「……はぁ」
「じゃ、頼んだよ。私は少し、仕事を片付ける」
本体に付けられた高性能集音マイクが、デスクチェアの軋む音を拾い上げる。
真剣味を帯びたマスターの横顔がディスプレイに写った。
どうやら私の歌で鼓舞したいらしい。その顔はほんのわずかだけれどもやつれ、端正な顔立ちの所為で疲労が色濃く主張していた。
「この曲を軍歌にするなんて許せませんが、……」
マスターが望むなら、それに応えよう。
私の好きな、やたらと尊大でやたらと力強くてやたらと格好良いマスターが、やたらと尊大でやたらと力強くてやたらと格好良く居るために私を必要としてくれるならば。
ああ、それ以上の幸せが私という存在にあるだろうか!
**********
やたらと力強い我が家のミクさんとマスターさん
ちなみにマスターは『恋は戦争』を甘ったるい曲と言い放つ強者です
作る曲もやたらと力強い
おかげでミクさんもやたらと力強く
**********
わたしのマスターは、やたらと尊大で、やたらと力強くて、やたらと格好良い。
何かにつけては只管に底意地の悪い笑みを浮かべて周りのひとたちを振り回している。
その割に、多忙なこの人は妙なところで疲れやすくて、それを表に出すまいとするからいけない。
powerful vocalist
「マスタ、新曲ですか?」
ノート型の本体に送り込まれてきた楽譜を手に、ディスプレイを見上げる。
めがねに光を反射させたマスターは、いつもより疲れた顔で私を見下ろしていた。私の言葉を聞いて数瞬してから、ゆらゆらと首を振ってマウスを掴んだままの手を此方にかざす。
「いや、それは、会津の奴の寄越した楽譜だ。デュエットを作ったらしい。歌ってやれ」
「はぁ、兄さんとのデュエットですか……分かりました」
言われてみれば、カンタービレの甘い曲調は成る程彼の書きそうなものだった。カイト兄さんとのデュエットは久々である。楽しみだな、と私は早速音符を目で追って、マスターの前だったと慌てて姿勢を正す。
マスターはそういう礼儀礼節にうるさく無い方だが、節々はきちんとしておきたい性分らしい。『基本は俺に対し敬語以外を使うのは禁止する。ただし休日は敬語を使うな』というのが起動されて初めての指示だったのを思い出す。
予想されていたマスター像――『私』を買うユーザーは、一般的に学生や収入の少ない社会人とされている。それに対して、彼はなんと一企業の社長だ――とは全く違った自分のマスターに、はじめ私は随分困惑したものだ。
ディスプレイの向こうで、マスターは疲れた様子で私を見下ろしていた。
まだ何か用事があるのだろうか。いつもなら用が終わればすぐにフォルダを閉じるひとなのに。
"移動デバイス"の方に用があるのか――たとえば肩を叩いて欲しいだとか――と端末を検索してみるが、返ってくるのはデバイス不在のワードだけ。
「……あの、マスタ?」
「ん? 何だい?」
「いえ、あの、何か、ご用ですか?」
「……、ああ、そうだな。意味も無く起動しているのも無駄だな。初音くん、何か歌いたまえ」
「……はぁ」
何かって。
随分曖昧な指示もあったものだ。この人らしくも無い。
「マスタ、リクエストなんかはありますか?」
「リクエスト?」
「何かと言われても、困ります」
「……そうだな」
がたた、と鈍い音がして、マスターがディスプレイから消える。倒れたのかと慌てて声を上げると、ひらひらと暢気な右手が現れた。
脱力して椅子にもたれ掛かったらしい。おそらくサイドボードの上に置かれているのであろう私からは、それだけでマスターの姿は見えなくなってしまう。
「何か、元気のでるような曲を……そうだな、君の得意な、あのやったら甘ったるいのがあったろ。あれを頼む」
「……マスタ、ああいう曲は嫌いじゃありませんでしたか?」
「少し疲れたんだよ。それに別に嫌いでは無い。作るのが不得手なだけだ」
「……はぁ」
「じゃ、頼んだよ。私は少し、仕事を片付ける」
本体に付けられた高性能集音マイクが、デスクチェアの軋む音を拾い上げる。
真剣味を帯びたマスターの横顔がディスプレイに写った。
どうやら私の歌で鼓舞したいらしい。その顔はほんのわずかだけれどもやつれ、端正な顔立ちの所為で疲労が色濃く主張していた。
「この曲を軍歌にするなんて許せませんが、……」
マスターが望むなら、それに応えよう。
私の好きな、やたらと尊大でやたらと力強くてやたらと格好良いマスターが、やたらと尊大でやたらと力強くてやたらと格好良く居るために私を必要としてくれるならば。
ああ、それ以上の幸せが私という存在にあるだろうか!
**********
やたらと力強い我が家のミクさんとマスターさん
ちなみにマスターは『恋は戦争』を甘ったるい曲と言い放つ強者です
作る曲もやたらと力強い
おかげでミクさんもやたらと力強く