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和風パロで、ハロウィンねた

もういろいろ注意としか…



*********



「とりっくおぁ、とりーと」

「……」

「とりっくおあとりーと」






  trIck!









「ルカ、ルカ」


 低く落ち着いたその声に呼ばれ、ルカは足を止めた。
 心中にふわりと落ちてきた多幸感を噛みしめ、ゆっくりと振り返る。
 最近急に寒さが増したからと干していた布団が腕の中からこぼれかけたが、なんとか持ちこたえた。


「……若、ミク?」


 てっきり声の主だけだと思っていたルカは、そうして眉を軽く上げる。
 まるで子猫か何かのように脇の下から彼に持ち上げられているミクは、それでも珍しくおとなしくされるがままになっていた。


「ミク、もう一度」

「……とりっくおあ、とりぃと」


 ぽかんと開けられた口から飛び出た言葉は、つい先日彼女に戯れに教えたそれそのもの。
 少しばかり間抜けに発音されたそれを聞き、彼は涼しげな眉を軽く寄せていた。


「ルカ、これはどういう意味だ?」

「とりっくおあー、とりぃと」


 さらに間延びさせながらミクも首をかたぶける。
 あなたには教えたでしょうに、と思わすこぼれ落ちた笑いを止めることもせずに言うと、彼の不機嫌そうな眉間の皺は深まるばかりだった。





「はろうぃん」

「Halloween、です」

「……そうか」


 昔の話だ。
 ルカがまだこの屋敷に囲われておらず、髪も伸ばしておらず、父親の背中に甘えるのが好きだった頃、彼女の家には海の向こうから来たという家庭教師があった。

 美しいブロンドの髪に、今でだとてはばかられるような露出の大きいドレスを、さもそれが自らの正装だというように自信満々に翻らせていた彼女は、ルカに先進的な思想を教えたがった。海の向こうでは女性は家にはいるばかりではないのだとか、美しいなら女性がスーツを着ても良いに決まっているだとか、いつか英語は世界に共通の言語となるだろうからだとか、まだ十になるかならないかのルカには少しばかり荷の重い話題。顔を合わせる度にそんな話を押してきた彼女をルカは少し苦手に思っていたが、海の向こうの文化や生活に関してを聞くのは何よりも新鮮だった。
 この国にはない多くのまつりごとが海の向こうには存在する。逆も又然り。そしてそのうちの一つがハロウィン、つまり万聖節の前夜祭。





『アン、今日もきれいなおめしものね。それはその、前いっていたゆうめいなおみせのものなの?』

『いいえルカ、これはワタクシの手作りですのよ。ここらではサテン生地を手に入れるのも一苦労でしたが、中々によいモノが作れました。
ルカ、この服がなんだか分かりますか?』

『……わからないわ。真っ黒で、もふくのようですこし怖い』

『そう、でもすこし違いますわ。これは、魔女の仮装です』

『魔女? ラプンツェルやシンデレラに出てきた?』

『GREAT、よく覚えていましたね。
今日は万聖節の前夜祭です。日本で言うところの盂蘭盆絵のようなもので、世に死霊が溢れかえります』

『おばけ?!』

『ルカは恐がりですね……大丈夫、それらから身を守るために、人々も仮装をするのですよ
ほら、こちらにルカのぶんの仮装を用意しておきました。それから、とっときの呪文も教えてあげますよ』

『呪文? アン、なんだかほんとうの魔女みたいね』

『あら、いつまでも美しい女性は魔女と言うでしょう? 褒め言葉ですわね』





 そんなおぼろげな記憶を辿りながら、目の前でミクと舌足らずに発音を確認し合う彼をみる。正座をしたルカの膝の上を陣取ったミクは、本当に珍しいことに普段は敵視している彼をにらみつけることもなく、年相応に幼い様子で彼に応じていた。行事ごとに浮き足立っているのかもしれない。普段のつんけんとした態度とて、もう引っ込みが付かない意地の域であって、心の底からのものという訳ではないらしい。
 彼はといえば、顔にこそ出ていないがそれが嬉しくて仕方ないようだった。

 まるで親子のようだ。まるで家族のようだ。
 差し出がましいとしか言いようのない思いだが、想うだけならば誰にも咎められまい。

 自分の目の前で展開される愛おしくて仕様のない光景に、ルカは思わず顔を弛ませた。







「へー、なんか忌み名みたいで面白い行事だねぇ。ねぇ、若」


 かんらからと笑ってそう言うカイトを、彼は緩やかに睨みつける。凍てつくようなそれもしかし何のその、カイトはやはり朗らかに笑って狐の面を着けたミクの為に文机から貸し包みを取り出す。
 両手でそれを受け取ったミクは、おぼつかない手つきでそれを包む和紙を開いた。


「……わぁ」


 ぽろぽろとこぼれ落ちそうなほどに広がったのは、色とりどりの金平糖。
 まるで菓子とは思えないほどにかわいらしいそれに、面の向こうのミクの瞳が輝く。その様を慈愛顔で見つめるカイトだった。


「悪戯されたくなきゃお菓子をくれろ、ってか。いい恐喝の手本だね」

「……おまえはなぁ」

「ん?」


 まるで何と言うことこないように首を傾げる兄貴分に、もうあきれる器量も残っていない。
 終いには「おまえもほしいの? 全く若も餓鬼だな」などとほざきだしたのを放り出し、彼はミクを連れて座敷を出た。
 包みをしっかりと握りしめたミクは、おとなしく彼に引かれるままに歩いていく。
 廊下には殆ど冬と言って間違いない日差しが差し込み、すうと吹く風は冷たく澄んでいた。

 ルカは何を思ったのかあの後急に自室へと引っ込んでしまった。
 どうしたものかと思いながら彼は自分の人差し指を緩く握る小さな手を見やる。その表情は仮装代わりという狐面に隠れて見えない。

 不意にくんと指か引かれた。
 行き場もなく無為に歩を進めていた彼は住ぐに足を止める。自分の歩みを止めた主は、面をかたりと取り去って、迷い無い眼で彼を見上げていた。


「とりっくおあとりーと」

「……菓子はないぞ」

「知っている」

「……」



「だから、いたずらする」



 視界からその瞳が消えたかと思うと、ぎゅっ、と腰元に小さな手が回った。
 ほんのかすかに香る甘い香りは、金平糖のもの。
 みどりの髪がくしゃりと音を立てた。


「……」


 ぱさりと彼は自分の睫が羽ばたくのを聞いた。


「み、」

「いたずら」

「……」

「こうしたらお前様はうごけない」


 ぎゅうと細く細く柔らかな腕に力がこもり、彼を緩く緩く締め付ける。
 すぐにでもふりほどけるその腕。すぐにでも咎められるそのいたずら。



「……あら若、」

「ルカ」



 襖を開けて現れたルカは、ぱさりぱさりと瞬きをして彼を見、それからその腰元にくっつくミクを見た。
 すこし状況のつかめないような顔をして、しかしてすぐにそれは柔和な微笑みとなる。


「どうされたんですか?」

「……悪戯だそうだ」

「若、お菓子はお持ちではなかったのですね」


 ころころと笑うのを気まずく目をそらすと、ルカはうれしそうに自分の頭に両手をやった。
 いつもつけている髪留めがはずされ、その代わりにと言わんばかりに見覚えのない飾りが付いている。まるで動物の耳を模したような毛のそれは、


「狼女、ですかね」

「……」

「それでは若、trick or treat?」

「……」

「無いのなら、私もミクに倣って悪戯させていただきますね?」












「ねぇメイコ、あれは一体なんだろうな……」

「さぁ」

「とりあえず、とりっくおあとりーと」

「あんた仮装して無いじゃない」






**********

なんだこれとしか言いようがない

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cacophonyを聞きながら

当たり前のようにぽルカですが何も問題はありません



**********



『新曲、ですか』

<right、よく分かったな>


 ディスプレイ越しに指を鳴らす音が聞こえてくる。VOCALOIDエンジン内に送り込まれたMIDIのデータに指を当て、ルカは其れをまねるようにして一つ音素を飛ばした。
 緩やかに流れるメロディは、二つのトラックに分かれて螺旋のように絡み合っている。独唱、特に英語での歌い上げを得意分野とする所有主にしては珍しいラインだった。
 とはいっても何度かデュエット曲を作ったこともある。無理矢理に男声まで担当させられた時のことを思い出し思わず軽く眉を寄せていると、そんなルカの様子を知ってか知らずか、所有主はいかにも弾んだ手つきでそのうち一つのトラックをルカに読み込ませた。
 まだ歌詞の載っていない、音だけの羅列。
 平坦なそれを軽くなぞってから、ディスプレイの向こうを見上げる。


『マスター、歌詞は入力なされないのですか?』

<まぁちょっと待てって>


 やけに楽しそうな声音である。なんだか嫌な気がして、しかしてルカはじっとりと画面の向こうへ視線を投げるだけに留めた。
 そうして少しもしないうちに、ルカのすぐ隣にもう一声のVOCALOIDが現れる。

 頭頂で括り上げて猶腰より下るような長い藤色の髪と、それと同色の睫毛に縁取られたマリンブルーの瞳。両方の意味で時代錯誤とも取れるような不可解な衣装に身を包んだ彼――恐らく男声であろうVOCALOIDならば、其れで間違っていないはずだ――は少しだけ困惑したようにルカに微笑みかけた。

 このPCにダウンロードされているVOCALOIDは、ルカだけのはずである。
 起動されてから一度も体験したことのない状況にルカはぱちくりと瞬いた。


『ま、マスター、この方は』

<今回の曲じゃルカに男声を出させるのも無理があるかと思ってな。声の親和性も高いって聞いたし、入れてみた。お前の一つ前身に当たるか。artist vocal01:gackpoid……えーっと、がくぽ、だ>


 その言葉を受けてか、彼は緩やかな笑みを象ってルカに向かって手を差し伸べた。握手、とディスプレイの向こうから言われ弾かれるようにしてその手を握る。
 初めて触れる他者の体温は、自らの物よりも随分と暖かで、ルカの手を容易に包み込んでしまうほどに大きかった。
 そうしてつなぎ合った両手を軽く上下し、がくぽは口を開く。



「         」



 恐らく、


『え……?』

「 ……?」


 彼は、がくっぽいどは、宜しくだとか、そういった言葉を吐いたのだろう。
 しかしその言葉はルカの認識には届かず、ただ音素の羅列であるという印象しか残さなかった。母音と微かな歯擦音のみで構成されたその音の意味は取れない。
 決定的に何かが違う。それがなんなのか、ルカには理解が及ばない。

 ただ、その音の連なりでさえ美しいと感じられるほどに、がくっぽいどの声は美しく、その事実だけがルカを打った。




  重ならない声









 一通り歌詞の打ち込みを終えると、微調整も程々に所有主はVOCALOIDeditorを終了する。そんじゃ、適当に練習しといて、そう言ってがくぽとルカをそれぞれのフォルダへ送り遣ると、忽ちDAWを立ち上げてオケの再調整を始めてしまった。どちらかというと調整作業よりも音遊びの方を好む所有主にとって、巡音ルカやがくっぽいどといったVOCALOIDは『パートナー』というよりも『人声の素材元』という意識が強いのだろう。少なくともルカはそう認識していた。
 そうして手の空いてしまったルカは、何となく手持ち無沙汰になってしまったような気分でディスプレイの向こうを見上げる。

 がくっぽいどは、手渡されたデータを流暢に歌い上げて見せた。音取りの間中もその音の意味を理解することはとうとう出来なかったが、単純な歌唱能力が非常に高いことだけは取って分かった。
 どうにも、使っている言語が違うかのような違和がある。ハ―モニーを絡め、メロディを流し、同じテンポを刻んでいるというのに、何かが違って仕様がない。
 なにが違うのだろうかと考えるものの、ふと考えたその先に何があると気づきルカの思考は停止した。

 所詮自分はアプリケーションソフトウェアの内の合成音声の一声だ。他の声とコミュニケーションを取ったところで、所有主になんの利益が生まれるというのだろう。


『今、わたしは、』


 何を考えていた?

 がくっぽいどと握り合った右手を見つめる。
 包み込まれるように大きく、骨ばった手。

 その体温がまだ残っているようで、思わず手を握りしめたところでフォルダの扉がノックされた。


「   、      」

『――……なんでしょうか?』


 ひょこりと藤色が現れる。その手の中には先ほど手渡された音楽データ。


「   、          」

『あぁ、マスターはいつもわたし達の調整は二の次ですので、そこまで入念な練習は必要ないのですよ』

「  、」

『不安になる思いも分かりますが、わたしたちの不備はご本人で補ってしまうような方なので……ですが、そうですね、練習くらい、してもお困りにはならないでしょう』


 ほら、大丈夫だ、とルカはデータを引き出しながら思う。
 元々同じエンジンを搭載しているのだから、ある程度ならば意志の疎通が出来る。
 どうにも食い違っている感は否めないが、だからと言って困ることは、ないはずだ。





 はずだった。







<合わない>

「『……」』

<……俺の打ち込みが悪いのか?>


 画面の向こうで、所有主は眉を寄せて言う。
 それは二人に対する皮肉と言うよりは、自分に対する確認のような響きを伴っていた。

 ぶつぶつと思案を口に出しながら他のソフトを呼び出し、メロディを確認していく。
 その呟きを聞きながら、隣でルカと同じように不安げにディスプレイを見上げていたがくぽに笑いかけた。大丈夫だ、所有主の腕はルカが一番信頼している。滅多な問題でも無い限り、あっさりと解決してしまうに違いない。問題は多いがそれを解決する手も早い人間なのだ。
 苦笑のような形になってしまった笑みだが、がくぽの不安を和らげるのには十分だったらしい。向こうもまた少しだけ困ったような笑顔を返してきた。言葉が通じずともこれだけで十分。何度か重ねてきた自主練習の内に、二人の間にはこういった形のコミュニケーションが成り立ち始めてきた。
 それがなんだか穏やかで、愛しい物のようにルカには思えた。


 未だにぶつぶつと頭上で思案する所有主と、隣でほほえむがくぽ。それから自分。








『マスター、最近いらっしゃいませんね』

「     」

『難航してらっしゃるのでしょうか』


 ここの所、パソコン自体は起動していても、二人が呼び出されるということが無くなった。所有主が伴奏を作成している段階ではよくある状態だが、それでもやはり気になるらしい。がくぽは時折ルカのフォルダを訪れた。


『あぁ、そこはもうすこしアタックを効かせた方が良いかもしれません』

「   、           、   ……」

『はい?』


 そうして自主練習を行っていると、不意にVOCALOIDエディターが起動される。順々に呼び出され、ルカとがくぽはピアノロールの上に降り立った。
 いつものごとく、ディスプレイの向こうでは所有主がこちらを見ている。
 そうしてゆっくりを口を開き


<間違えた>


『え?』

<いや、呼び出すつもりは無かった。間違えてデータダブルクリックしちまったんだ。すまん>

「  ……」

<俺もちょっと疲れてるのかもね。ここんとこ根詰めだったし。一応未練とかもあったから頑張ってみたが、やっぱ無理だったわ>

『未練?』

<あー、うん。このデータは没。無し。今から削除するから、お前等は帰っていいよ。間違えてすまん>

『……、没?』

<そう、没>

「……」


 隣でがくぽが絶句しているのが分かった。
 それもそうだろう。
 彼はこの曲のために――ルカが正常に出せない音域の男声を出すために――購入されたのだ。もちろんその一曲のためだけでは無かろうが、それでもがくぽにとってはこれが初めて与えられた曲で、思い入れも並の一曲ではないだろう。

 それが、没であると。


『……っどうしてですか! わたしたちの歌い方がいけなかったのならば、修正を願います!』

<……いや、そういう問題じゃなくて>


 身を乗り出し、訴える。この曲は歌いたい。
 自主練習をしただけでも分かるのだ。歌うだけの存在でも、その歌の背景くらいなら分かる。
 この所有主の作ったにしては珍しく柔らかで、日溜まりのように暖かい、そのメロディだけて作った方にも思い入れ感じられた。

 それなのに。
 ふつりと胸にわき上がったのは、怒り。
 歌いたいのに。向こうだって歌わせたいに違いないのに。
 そんな理不尽な感情を声に込めてルカは叫ぶ。隣でがくぽがあわてたように見てきているが、そんなことに構っている余裕はない。


『マスターのことですからどうせパラメーターも禄に触っていな、』

「   !」


 不意に腕を捕まれた。
 大きな手が。あの大きく温かい手が、殆ど加減無しにルカの腕を掴んでいる。痛みも感じるそれに、けれどもルカは怯むことも出来なかった。むしろその痛みで怒りのベクトルががくぽへと方向転換する。


『何をするんですかがくぽっ!』

「      !           ……!」

『歌いたいんじゃないんですか?! がくぽだってあんなに楽しそうにっ』

「    !                  !」

『何で止めるんですか! 何で、二人ともっ』

「   !」

『何を、……何と言っているんですか、がくぽ……』


 ルカにはそれが分からない。







**********

次の記事に続きます

拍手[4回]


上の続きです


**********




 無言のままエディターは閉じられ、そのままそのデータは消されてしまった。
 がくぽはその光景を見ずに自らのフォルダへ帰って行ったし、消去を終えた所有主はさっさとパソコンの電源を切ってしまう。

 その場に残されたルカは妙な虚脱感を抱えて暗くなったディスプレイを見上げた。





  重ならない声 2






 もしかしたら、何となく言いたいことが分かるだなんて、ルカの思いこみだったのかもしれない。
 いつも浮かべていた柔らかな笑みの裏には、どんな感情が隠れていたのだろう。なぜ自分は其れを読みとれなかったのだろう。音の連なったばかりの声。一体何を言わんとしていたのか。


『……分からない、です』


 VOCALOIDに泣く機能は備わっていない。泣いたような声を出すことは出来ても、PC内で与えられただけの外形が涙を出すことはない。ただ歌声の表情付けの為に搭載された感情だけがぐるぐると渦を描く。
 理解できないことへの不満や、一度与えられた歌を取り上げられた喪失感。
 ルカが声をふるわせた理由は、言ってしまえばそんな物なのかもしれない。









 それからしばらく、


『……』


 所有主がエディターを開くこともなく。
 がくぽがデータを片手にフォルダに現れることもなく、ルカは一人で過ごしていた。

『……暇ですね』


 これまではそれが普通だった。所有主は曲作りの方に集中しがちで、ルカに構うことは少ない。
 必然的にルカは一人で過ごしていた。なのでそれに退屈を覚えるなどと言うことは、なかったはずだ。

 がくぽに握られた右手を見て、その手で掴まれた腕をなでる。
 もうさすがに痛みはない。


<ルカ>


 所有主から声がかかったのは、そんな時だった。


『マスター』

<長らく放置しててごめんな>

『いえ……』


 自分が呼ばれたからにはがくぽも呼ばれているのだろう。
 そう思って辺りを見回すが、広がったピアノロールに例の紫色は見られない。


『あの、マスター、がくぽは』

<呼んでない>

『そ、……そうですか』


 ぴしゃりと言われた言葉がまるで拒絶のように感じられた。
 所有主はさくさくとピアノロールにノートを並べていく。確かめに再生しようと言う様子もない。

 ルカはそれをしばらく眺めていたが、一つ息を吐いてディスプレイを見上げた。
 今聞かなくては、もうずっと聞けない気がする。あらゆる根本の話だ。


『前々から聞きたかったのですが、質問しても宜しいでしょうか?』

<うん? いいよ>



『なぜ、わたしはがくぽの言葉が理解できないのですか?』


 同じVOCALOIDなのに。
 同じエンジンを積んでいるのに。
 同じものの、同じ一つのはずなのに。


 がくぽの思いが、分かりたいのに。



<何でって>


 その問いに、画面の向こうで所有主が瞬きをした。ように思われた。
 予想もしていなかったと言わんばかりの様相に、もう一度問いかけようとする。


『何で、』


<発音記号が違うんだから当たり前だろ>


『え?』



<英語ライブラリで十分だと思ってたからなぁ…でもさすがに英語ライブラリで日本語の曲は、そりゃ無理があるよな>

『え?』

<英語ライブラリ縛りにも未練はあったんだけどさ。うん、俺もこの曲、好きだし>



 かち、とマウスをクリックする音が聞こえた。
 ルカの口から声が飛び出す。

 その声を聞き、所有主は満足げにうなづいた。


<巡音ルカ日本語ライブラリ、正常に発声。そんじゃあ、作り直したの歌ってもらうから、>


 がくぽ、連れてきて。




「……――はいっ!」


 がくぽと同じ音を吐き出して、ルカはほほえんだ。










   二つの言葉で生きる僕らに、祝福の架け橋を



**********


英語ライブラリと日本語ライブラリって発音記号違うらしいぜ!と聞いて駆けめぐったのがこの曲で、なんかこんなん出来てました
設定とかがえらいカオスですが、取りあえずこんなものでもぽルカと言い張ってみます


ちなみにがくぽのせりふは書いてるときには考えてましたが後書きを書く今となっては何か全部忘れました
そしてよく考えたらがくぽがある意味一言もしゃべっていないという衝撃の事実に今気づきました

拍手[6回]

ついったー始めました
http://twitter.com/_hashigo_

生存報告とか創作メモとか、ぽルカへの愛を叫んだりとかぽルカへのときめきを呻いたりとか好きな曲への愛を叫んだりとかする、予定です
ぶっちゃけこの記事を書く2、3時間前に登録したばかりなので実質はまだまだなんですけどNE!
とりあえずご趣味の合う方、大木の呟きを見たいという方は、気軽にフォローしてやってください。恐らくにやにやがくぶるしながら絡みにいったりとかします

そして既に見知らぬ英文の方から二つぐらいフォローされててなにこれ怖い


これだけというわけにも行かず、続きからためていた拍手、コメントのお返事です

拍手[0回]


人間パロ
未だにリンが出てきてなかったなーということで


無駄にぐだっとしてます
ポエムポエム!


**********



 その紙に目を落としたリンは苦い顔でうめいた。


「身長、伸びてる」

「当たり前だろ」


 これでも成長期なんだからな、と言ってその手から紙片――僕の身体測定のシート――を奪い取る。交換していたリンのシートには、申し訳程度にミリ単位で伸びたことを表す身長と、これまた申し訳程度に増えた体重とを示す文字が書かれていた。
 この様子じゃ本人お悩みの胸囲の成長はあまり期待できないだろう。
 そんな事を思っていると、すっかり不機嫌そうな顔になったリンにシートを奪い取られた。

 乱暴に引ったくった所為でしわが寄ったそれを丁寧に握って、リンは僕をにらみつける。


「なんなのよ、レンばっかり男の子に成っちゃってさ」

「はぁ?」


 もう、知らない。
 リンはそんな風なことをつぶやいた、のだと思う。
 その声は柔らかくて小さすぎて、僕の耳に届く前に掻き消えてしまった。





     いいこわるいこ





「へー、良かったねぇ、さっすが成長期。めざせがくぽ抜き」

「え、それ普通にカイトよりでかいぞ。っていうか俺よりでかいレンくんとか想像つかん」

「うん俺も言っててちょっと違和感感じた」


 うーん、そろそろ三兄弟説も苦しくなってきたのかなぁ。


 そんなことを言って、カイトさんは僕の背中をぱんぱんと軽くたたく。

 六限目が終わる一七分前に携帯電話に『一緒にアイス食べよう』というメールが舞い込んだ。無類のアイス好きのカイトさんと、それに付き合わされるがくぽさんという図で正しいのだろう。この二人と友人のような先輩後輩のような、よくわからないつきあいを持ってからというものの、よくそういった連絡を渡されるようになった。
「だってこんな大の男二人が、学生でもない二人が、二人っきりでアイスって、怪しいでしょ? その点レンくんが来てくれたらほーらただの仲良し三兄弟。俺長男がくぽ次男レンくん三男」「むさいことにはなんにも変わりないよなぁ?」「学校帰りの弟にアイスを奢ってあげる兄! 良い図だね全く」「おいじゃあ俺にもおごれよおにいちゃん」「うわ気持ち悪っ」「なにそれ酷い」
 これの送信者がミクさんやルカさん、そうでなくとも女の子ならなぁと思いながら僕はそれに是非と返信した。




「っていうかリンちゃんだっけ? お姉さん。まだ仲直りしてないの?」


 幸せそうな顔でイチゴケーキフレーバーを溶かし食っていたカイトさんが僕のチョコバナナフレーバーをちらちらやりつつ聞いてくる。おそらく狙われてるんだろうなぁと思いながら、ワッフルコーンを少し砕いてスプーン代わりにして差し出した。がくぽさんのように直接がぶりつかれたら、ちょっと堪らない。
 こともなげにそれを受け取ったカイトさんは「ありがとう」ともさもさやりだす。


「いや、っていうか、まぁ仲直りも何も、別にお互いひきずってませんし」

「あー、きょうだいってそういうとこ適当だからな。俺も妹と喧嘩してもうやむやにどっかいってた」

「あーはい、そんな感じです」

「ふーん」


 カイトさんはこともなげに流したけれど、僕としてはがくぽさんに妹がいたことに驚きを覚えた。二人ともどうにも実生活が掴めない人柄なのだ。霞を食って生きてますと言われたら信じてしまいそうと言ったら、おそらくカイトさんは「俺は音楽を食って生きてるんだよ」なんて言うのだろう。
 チョコナッツフレーバーをとっくに食べ終えたがくぽさんは手持ちぶさたにショーウィンドウの向こうの通りを見つめている。
 他の客は僕含むカラフルな頭髪の三人組にじゃっかん退いている感があった。僕の其れはぎりぎり天然で通せる――というか天然素材だ――けれど、がくぽさんとカイトさんの二人はそれでは効かない。未だに僕は一人やリンと二人で居るときとはまた違ったこのたぐいの視線に慣れないでいた。


「そーういえばメイコも、俺が身長抜かした時はなんか怒ってたなぁ」

「あー、なんかその図想像付く」

「いやぁ、でも当時は抜かしたっつっても一センチかそこらだったんだよ? まだ力とかはめー、イコの方が強かったのに、めっこめこにたたかれたからね!」

「……めーいこ?」

「……メイコって言った!」

「めーちゃんは卒業したんじゃなかったのかおい。レンくん聞いたか今の」

「ばっちり」

「うえぇえっレンくんまでそんな!」


 そんなくだらない会話をしながら、ふと窓の外に目をやると、見慣れた金色がこちらを見ていた。なんだか灰色に見える人混みで、ぽつんと色を発したその髪。
 手でも振ってやろうとする前にそれはふらりと方向を変えて、灰色に紛れ込んでいった。思わず拍子抜けして口を噤む。






「わけわかんねぇ」


「わけわかんない」








 ああ神様、どうやったらあのころの素直で優しくてでもちょっと生意気で私より小さかったレンが帰ってくるのでしょうか!

 そんな事を言ってもどうしようもないことくらい、私は誰よりも知っていた。
 レンは少しずつ私の知らない大人になっていくのだ。私がレンに教えない事があるように、レンも私に教えないことを作っていく。例えば可愛い雑貨店が駅前に出来たなんてレンに教えても別に一緒に行く訳じゃないし、signal-Rの新作のワンピがすごく可愛くて欲しくてしょうがないなんて話をレンとする訳じゃない。おいしいと評判のアイスクリーム屋さんがキャンペーン中だから行きたいって思ってても、だからそれは別にレンに言うような事ではない。
 いっつも一緒だった双子が、大きくなってもずっと一緒だなんてそんなことは本当は滅多に起こらない事象。
 特に私とレンなんて、男女だし趣味はどちらかというと正反対だしで、むしろ何で小さな頃いっつも一緒に居れたかが不思議なぐらい。

 そう、だからきちんと理解は出来ているつもり、だった。

 最近のレンの帰りが遅いことも知っていたし、時々声を枯らしていることも知っていた。
 何となくそういうことをしている、そういう人たちと仲良くなっているという噂も聞いていた。



「身長も抜かされるし、私はなんだか置いてきぼりだね」

「はあ?」


 私の鞄のストラップを握ったレンが顔をしかめる。
 ほらその顔だって可愛くない。ほんのちょっと前までのあどけない文学少年みたいだったのはどこへ行っちゃったんだか。こういうのが成長って言うんだ。私は知っていた。これでも現代文やらの成績はいい方だから。


「何訳わかんないこと言ってんの」

「……」

「っていうか身長身長って言うけどさ、当たり前だろ。リン、男の成長期舐めてない?」


 男だってさ。
 知ってるし分かってるつもりだったんだけど。

 私は相変わらず暗くなる前に家に帰り着いてなきゃ不安なのに、レンはそうじゃないらしい。
 なんだかね、それって姉として複雑なんですよ。

 庇護するべきだった弟だったのになぁ。




「……何で男の子ってこんなに簡単に男になっちゃうんだか」



 まだ私はパパとママの下で笑ういいこでありたい。
 だからその手をそっとほどいて、振り返らないようにして駅へと向かった。

 レンの声が追いかけてくることは無かった。









**********

微妙に消化不良
続きみたいなのを書くような書かないような

拍手[2回]

istoさんからのリクエストで『料理をする大人組』

お祝いでも何でもない感じになりましたが、受け取って頂ければ嬉しいです。




**********



「ほら早く作りなさい。私の仕事がないじゃない」

「初っぱなから何言っちゃってんのめーちゃん」

「味見担当か」

「メイコ姉さんは少し待ってて下さいね」

「え、二人とも突っ込まないの? ねぇちょっと」



  hpを小さじに少々





「ん、これおーいし」

「あら、そうですか? ちょっとバジルが足りないかと思ったんですが」

「私はこれぐらいで良いわねぇ。がっくんは? ほらルカあーんしてあげて」

「メイコ姉さんっ」


 なんだかなぁ、と口元に木ベラをやりながらカイトは思う。衛生面を気にしているのか、フライパンをふるうがくぽがそれを嫌そうな目で見ていた。外部端末に衛生もなんにもないじゃんとカイトは思うが、新式の弟分としてはそうでもないらしい。VOCALOIDというのはバージョンを重ねるごとに人間味を増していくよう作られていた訳ではないはずだけれど。
 抱えたボウルの中には、どろりとパンケーキの種が入っている。カイトが混ぜ、その隣でがくぽが焼いていくという単純作業。もう片方の手で根菜のぱりぱり焼きまで作っているのだからカイトの弟分ときたら優秀である。

 半ば突きつけられるようにして差し出されたハーブ入りのパンをもそもそやっている彼は、そのもそもそしたまま顎でカイトを指し示した。示されたルカはぱちくりと瞬きをして、一切表情を変えないままに残ったパンを隣のメイコに手渡した。役割分担が出来ている。





「ルカ」もさもさ「そっちの」もさもさ「皿取って」


 ちょっとバター足りなかったんじゃないのこれ。


 メイコはソファにぐったりともたれ掛かりほろ酔い加減でこちらを伺っている。

 それぞれのマスターたちが「カイトメイコがくぽルカでなんかやろうぜ」と言い出したのが昨日の早朝のこと。それから思うとずいぶん行動力のある三人組だな、とマスター達のこもりきって構想を練っている部屋の扉を伺う。先ほど差し入れを持って行ったときには「どうします?」「和風ロックとか作りたいんですよね最近」「もういいよ全員ジェンダー全開振り切って人外声やろうぜ」「「おぉ!」」「いいですね和風ロックで人外声!」「妖怪系ですか!」とかやっていた。ストッパーのいないコラボになりそうだ、とそれぞれのマスターのことを思いつつ四人はため息を吐いたのだった。
 そうして、そんなマスターたちの事を後目にカイトの「じゃあ俺らやることないし、差し入れでも作ろうか」の言葉から始まったVOCALOID食堂入りは、全員にアルコールが行き渡り、そろそろ佳境を迎えていた。

 黙々とパンケーキを焼いていたがくぽが、やっぱり無言のままそれを皿にもりつけ差し出してくる。受け取り、メイコに渡しついでに一つ拝借。べろんとくわえたままでカイトはチャーハンの入ったフライパンをふるう。脳内再生はもちろん例の曲だ。


「ルカー、ホットケーキ食べるー?」

「あ、いただきます」


 もうこれ差し入れる気ないだろ。
 もさもさと食べつつもカイトはそう思う。ちなみに隣ではがくぽが全く同じ状態でパンケーキを食んでいた。
 ぼうっとしたような瞳で自らの手元を見下ろし、もう一袋パンケーキミックスをあけようか迷っているらしい。やめとけやめとけと仕草で伝えた。
 きちんとそれが伝わったのか、弟分はぱちくりと長いまつげを羽ばたかせてからうなづく。オープンキッチンの向こう側、リビングとしても使われているダイニングルームでは、ルカとメイコが所狭しと机に皿を並べていた。先ほどから紙パックのアルコールを啜っていたメイコは赤ら顔で分解に精を出しているよう。「飲み過ぎないで下さいね」そうメイコを窘めるルカの手の中にも、紫色のマグカップに入ったカルーアミルクがあるのだからおかしな話だ。
 それを見たがくぽが肩を跳ねる。


「……巡音、それ俺の……え……あれ?」


 自分の手元にある来客用のコップとそれとを矯めつ眇めつ、首を傾げる。さっき自分で手渡していたというのにひょんなものである。
 何か言いたいらしい弟分の声はしかししおしおと萎れていき、終いには口を閉じて不本意そうに眉を寄せるだけに留めた。元から言葉の足りない質である彼は、飲酒をするとさらに口を噤むようになる。一度大ヘマをやらかしてからというもののどうしてもアルコールを摂取するとそちらの分解にメモリを割かなくていられなくなったらしい。その大ヘマの場に居合わせたものとしては、それが賢明だとカイトは思う。


「カイトー! がっくんもー、こっち来てそろそろ食べましょうよー」


 一方でアルコール分解に慣れ親しんでいるメイコは逆に饒舌になる。赤ら顔にへろんとした表情は酔っぱらいそのものだが、だからと言って思考までは緩んでいないので全く油断は成らない。
 ソファから顔を出しひらんひらんと手を振っている姉弟機に応え、後かたづけもそこそこにさせてそちらへ向かうことにする。


「カイト兄さん、飲み物はどうしますか?」

「あー俺はねぇ、この前買ったカクテル缶があったから、それのんでよっかな」


 ちなみにルカとカイトは特に変化をしないたぐい。


「何ようカクテル? そんなのジュースじゃないの」

「俺はめーちゃんと違ってアルコール分解そこまで好きではないから」

「神威、そっち取っていただけますか」

「ん」


 そうやって銘々好きなように食べたり飲んだりをし始める。
 そろそろマスター達も煮詰まり出す頃だろう。ぞろぞろ出てきたら出迎え、適当に酒でも飲ませてやればいい。


「あーなんかこういうのってさぁ」


 いいなぁ、なんかいいなぁ。
 どこか空寒い天井を見上げながら、カイトはつぶやく。








(家族って感じ、)



**********

前々から書きたかったシュチェーションだった為、リクエストをいただいた瞬間「え、なに頭の中読まれたの」と本気で焦りました 本当にありがとうございます


ページの方のチェックを怠っていたため、書き上がりが非常に遅くなってしまいました。
遅れてしまってすみません

こんな駄文でも宜しければ、どうかお納め下さいませ



引き続きリクエストは承らせていただきますので、
大木に「こんなん書いて」みたいなのがありましたら、専用記事のコメントか拍手になんなりとお願いします

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小話
ルカとミク 現代パロ
いろいろとただれてるので、注意注意


**********


 どんなに辛くても私たちは泣かないし、暴れないし、弱音は吐かないし、正しく笑ったままで居る。
 善良で、健全で何一つ間違ったことはしていない。
 

 だから、それなのに。


 なんだか頭の奥がぼんやりと重いのは、合成樹脂が染み込んでいるからだ。







  プラスティック人間の行く末とその頭部








「結局死ぬしか解決法はないのよ」


 ルカはそんな風に言う。
 冷たくてぼんやりとした瞳とざらつきのない偽物みたいな白い肌。艶やかな髪は腰まで伸びていて、神様が手ずから作り上げたような肢体を持つ彼女は、だから美しかった。こんな一都市の高校に埋もれているのがひどく不自然なくらいに。
 しかし私は知っている。
 彼女がこんな場所で埋もれている理由を。
 そうでなければ彼女は私なんて触れられもしない世界へ選ばれていって当然なのだ。それなのにそうならないのは、すべて彼女のその性格が理由。

 ひどく鋭利で何者も受け入れようとしないその思考。


「そうすればみんな解決する。憎たらしいことにそういうことになってる。そうでしょ? ミク」

「私には、」


 そんなルカと対峙する私は、唯一彼女に対抗しうると思っている自分の声を耳朶に含ませながら、言う。
 ゆるんだように作る笑顔。重力への抵抗をあきらめたような笑顔。どこかの誰かの笑顔をペーストしてきたようなそれを、ルカは鬱陶しそうに見やった。そんな表情をするために生まれてきたのだとでも言うようだね。


「よく、わからないや」


 思考放棄。

 それがこの場で一等全うなソート。
 死や命なんて物を深く考える意味はない。そういった思考はそれだけで乱す。何を? 無心を。
 健康でまっとうな思考を私たちは続けなくてはならない。
 それなのにルカときたら、なんだ。


「……帰る」

「うん、じゃあ一緒に帰ろうか。もうすぐ暗くなるし、一人で帰ると危ないよ」

「いらない」


 すぱりと言われた言葉に、思わずまなじりが垂れる。
 あんたなんかいらない。そうやってルカは世界を切り離して捨てていく。そうしていつか自分だけのかけらになってぱっと消えてしまいたいのだろう。
 けれど私は捨てられないし、ほんとの事を言うとルカは一つだって世界を切り捨てられていない。だからルカは消えないし、私に向かって冷たく言い放つ。
 リノリウムはオレンジ色を乗せている。
 窓の外を悠々カラスが飛んでいった。

 あぁ、今日も良い日だった。

 当てられた数学の問題は昨日予習した箇所だったし、休み時間にカイト君からお菓子を分けてもらえた。行きの電車も思ったより混んでいなかったし、いつも見かける中の良さそうな二人組も元気そうだった。いつもの通りグミを居眠りから起こすとお礼を言ってくれたし、お弁当には好きなおかずがあった。部活でもがくぽ先輩からほめてもらえたし、その放課後はルカとおしゃべりが出来た。そういえば今日はいとこの姉妹が遊びに来るって母さん言ってた。

 あぁなんてすばらしき毎日。そんな風に思わなくては成らない。


 それが私たちの生きていく上での義務で、そうでなければいけないのだ。


 ルカはそれがちっとも分かっていない。
 彼女は窓から見下ろした景色を美しいと思うことすら罪悪だと思うのかもしれないね。


「……ねーえルカちゃん」

「何」


 まだ居たの、と私から一切視線を動かしていなかったくせにルカはそう言う。
 いたよ、と笑うとやっぱり顔を歪めた。


「屋上行ってさ、飛んできなよ」

「……は?」

「きっといい眺めだよ。私ね、ルカちゃんにきれいな景色、見て貰いたいんだ」



 これはまっとうなしこう。








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『プラスチック人間の埋められた頭』 とか聞きながら
けだるげなあの雰囲気が好きです


けどこれはもう何がなんだか

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