×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
バレンタイン話
**********
「神威っ!」
だーん、と、机に叩きつけられるようにして陶器の器が置かれた。
置いた張本人は、長い桃色の髪を振り乱し顔を隠している。
怖い。夜叉だ、夜叉。
「チョコです! 食べなさい!」
sweet×bitter×sweet
「……は?」
思わず間抜けな声でそう言ってしまった。
ええと、と時計を確認する。
朝の七時八分。主人に影響され、爛れかけた生活を送っているがくぽにとって、起動しているのが奇跡のような時間だ。実際、ほとんど起き抜けのような状態で、AIも暖まりきっていない。
こんな時間に起きたのは久しぶりだな、と目を擦りモノアイの洗浄を促す。くああと疑似的なあくびが洩れた。
確か昨日はマスターが珍しく出勤をして、朝帰りを通り越して一泊の夜帰りになりそうだと連絡があったのだ。
なら、自分が同居人のカイトを起こしてやらねばならないのか、と面倒くさく思う。
「……神威っ!」
「うぁい!?」
一気に意識が引き戻された。
がくぽをリビングまで引いてきた薄桃色は、相変わらずわなわなと小刻みに震えていた。だんだんとAIが暖まり、記憶がつながり出す。
そう、そうだ、自分は彼女に揺り起こされたのだ。
その際に朝女性の声に起こされるという、ある意味異常な事態にあらぬ事を口走った気がするがそれは忘却領域へ投げ捨てた。
「チョコレート、です」
「お、あ、ああ、うん……」
何で彼女が此処に居るのか、というのはこの際もう気にしないことにした。住宅侵入など彼女にとっては造作もない行動なのだろう。
兎も角、先ほどから再三言われているチョコレートの六文字だ。
おそらく、この陶器の容器の中身のことを指しているのだろう。
擦り硝子の蓋からはうっすらと茶色い影が見える。
彼女はこれを食えと言っているらしい。
「あの、巡音?」
「なにっ!」
「とりあえず、座ったらどうだ?」
「――……っ座るわよ! 座らせていただきます!」
巡音さん敬語キャラ崩れかけてますよ
そんな事がいえる訳も無く、とりあえず何か飲み物でもと入れ替わるように立ち上がり、台所へと向かう。
どうやら先ほどまで座らされていたのはダイニングの机らしいと、移動してから初めて気づいた。いつも履いているスリッパが無い。冷たい木目が足の指を冷やした。
「コーヒーに砂糖、入れるか?」
「……ミルクを」
「あいわかった」
来客用のマグカップなど無いので、青いカイト用のものと紫の自分用のものにインスタントコーヒーを淹れる。
瞬間湯沸かし器から湯気が飛び出る。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、紫色のマグカップに牛乳を入れてから間違えたとがくぽは動きを止めた。自分はコーヒーはブラックでのみたい人だ。
「……巡音に飲んでもらうか」
マグカップを持ち、ダイニングに舞い戻る。物音を聞きつけ、机に突っ伏していた薄桃色が跳ね上がりこちらをみた。
とりあえずその前に紫のマグカップを置いてみる。
見事に視線がつられていた。
「とりあえず、飲むとよいよ」
「……ありがとうございます」
「いや」
自分もまた向かいに腰掛け、青いマグカップを呷る。
彼女はぎこちなく紫のマグカップを眺め、壊れものに触れるように両手で持ち上げて一口した。
「あの、神威」
「ん」
「チョコレートケーキ、作ったんです」
「……ケーキ」
ず、と細い指が押しやるように容器をがくぽの方へ移動させる。
指の主はマグカップに手を添えたままうつむいていた。
「知ってますよね、バレンタイン」
「ま、ぁ、一応は」
「食べて下さい」
今、此処で、全部。
蓋をあけると同時に付け足された言葉に、思わずひきつった笑みが漏れた。
容器の中には、がくぽの顔ほどもあるチョコレートのケーキがずっしりと存在感たっぷりに鎮座している。
「巡音、これは……」
「恥ずかしいですから、早く。早く食べなさい。誰かに見られる前に!」
「でも、この量はちょっと、許容範囲が……兄者やマスターと食べてはだめだろうか」
「だめです!」
「えぇ……」
「カイト兄さんや会津さんのために作ったのではありません!」
「は、」
「神威の為に、神威に食べてほしくて……作ったんだから」
「……」
「神威に、……」
其処まで言うと、あう、と言葉がつかえたように黙りこくってしまう。
巡音さん、それは少し反則ではないですか
「……」
深いため息を吐き、言葉にせずに呟いた。
相変わらず薄桃色はうつむいて、今日は一度もあのすゞやかな瞳をみていない。
「……あい、了承した」
既に何等分かされている一切れを取り上げ、口へ含む。
甘い。
甘い上、重い。
重量がある。
生地にチョコレートとココアが混じり、更にチョコレートの固まりと穀物が混ざっている。
これをこの量か、とがくぽは苦笑した。
「美味いな」
「……昨日の夜中から、朝までかけたのですから当然です。手間が違います」
「寝てないのか、大丈夫か?」
「平気です」
「そうか」
「平気です……」
「……出来れば、巡音も手伝ってくれるとうれしい」
がばり、と甘い薄桃色が翻って、初めて澄んだ瞳を見せる。
うれしそうにゆるんでいたその顔が、一瞬にして引き締まった。
「わかりました……仕方が無いから食べてやります」
「ああ、助かる」
作る菓子は甘いのにな、とがくぽは微笑む。
ああ、あまいあまい!
**********
甘いよ!
ツンデルカさんらしきもの
いっそただの情緒不安定という見方もある。
ルカさん視点も書きたいなぁ……
書けるかなぁ……
PR
COMMENTS