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なつさんからのリクエストで、この前書いた和風パロの続き……のようななんというか
時系列的に並べたら恐らく遡る話ですが


ちなみにこの和風パロ、時代考証もなんもしてませんのでなんか変なところがあってもつっこまないでやって下さい。いったい何時代なんだろうか。明治とか江戸とか色々混じってる気がする!

文の作り方も『それっぽい』のを適当に書いてるだけなのでやっぱり変なところがあっても適当に鼻で笑ってやっておいて下さい



**********





「若、随分御髪が伸びましたねぇ」

「……そうか?」


 さらりと手の中からこぼれ落ちてゆく紫色を惜しむような気分で指に絡めながら、ルカはつぶやいた。その言葉に、下らないカストリ新聞に注いでいた濁り無い視線を自らの肩口にやるようにしながら彼は首をかたぶける。

 それにつられるようにしてまたさらりと紫色が流れた。


「本当ですよ。初めてお会いしたときはこーんなでしたのに」


 こーんな、と自らの首の横へ手を当て、ルカはにっこりと微笑んで見せる。幼い頃の彼の髪の長さを示しているらしかった。
 如何にも愉しそうなその様子に、何時時分の話だ、とがくぽは苦々しく端正な顔を歪める。何時の話でしたかねぇ、とますます気分良い声音でルカは歌うようだ。
 麗らかな陽気が縁側から差し込み、座敷を照らしている。

 ルカの笑顔から逃げるようにまたしてカストリへと視線を落としてしまったがくぽの髪を戯れに手櫛し、ルカはそのぱさりと乾いたような手触りに複雑な心中になりながら広い背中へ、横向きにもたれ掛かる。中々に不精者の彼の髪は彼自身の生活の所為もあってか軽く痛んでいて、きちんと手入れをして労ってやりたいという思いが沸き上がるが、過ぎたことと頭を振る。

 気を取り直してはなだ色の着物の背中の半ば過ぎまでにさらりと流れる藤の小川を眺めていると、ルカの心中に満ちるのは言いようもない幸福感。
 幼い頃にルカが父にそうしていたのと同じ格好。僅かに父よりも小さく華奢な背中。


「何か、願掛けでもなさっておられるんですか?」


 ん、とうめくような声がする。
 耳を当てた広い背中にその低い声はどうどうと轟き、大河の流れのようだ。


「いや」呟いて、顔に落ちてきた一房をつまみ上げる「……気になるか」

「いえ、そんなことは」


 男児が長髪などと、この時世、確かに世間の目は奇異を向けるだろう。けれどもルカは彼のそのたゆたう髪がたまらなく好きだった。
 藤の色をそのまま移したかのように、涼やか。


「私は、若の御髪、好きですよ」

「……気がついたら伸びてただけだ」

「そうですか」にこりと微笑む。彼はやはり罰悪そうにそれから視線を逸らした「それならば仕様がありませんね」


 それきり黙ってしまった彼に、合わせるようにしてルカも口を噤む。
 彼が背中を向けているのを良いことに一房ゆるりとうねり流れからはみ出た髪を梳き、撫でつけ、頬に唇に当て楽しんだ。微かに人らしい香りがルカの鼻を擽る。まるで人形のような彼が、無機物から人へ。


「お前は、髪を触るのが好きか」

「ええ、とても好きですよ? 私は若の髪を触っているときがいっとう幸せです」


 わがままを言えば、もっときちんと手入れをしていただきたい所ですけれどね、とぱさついた髪をつまみ上げた。
 髪の手入れなぞ分からん、と切り捨てた彼は、暫くしてああと身じろいだ。


「それなら、私の髪をお前にやるから、お前が好きにしたら良い」

「……本当ですか?」

「ああ」

「手入れをさせていただいてもいいんですか?」

「……お前がしたいのなら、そうすればいい」

「昨日ちょうど椿油を買ってきていただいたんです! 若も一緒に付けましょう!」

「……」


 思わず意気込んでそう言ったルカの声をどう思ったのか身を捩ってこちらを伺った彼は、しばらく瞬きを繰り返してから長い睫を緩く震わせてまた前をむき直した。機嫌を損なったか、と不安になっていると、一声。


「切るなり刈るなり、好きにしろ」


 そう低い声が背中へ轟くのに耳を当て、思わずルカはぎゅうと『自分のもの』になったその髪を抱きしめた。





  MInヱ





「駄目かしら」

「うーん、そりゃあたしのじゃあ何とも言えませんねぇ」


 細い腕を組み、年寄りじみた仕草でリンは首を捻る。
 其れを不安げに見つめながら、ルカはこそりと溜息を吐いた。
 いつもはそう気にしていないこの身分が、こういう時ばかりは重苦しく彼女の細い双肩にしなだれかかる。いくら住人に姉と呼び慕われようが、未だに自分は自由な外出も叶わぬひ弱な客娘なのだ。


「あたしが選んで買ってくるんじゃあ、駄目なんですよね?」

「そんな事は無いのだけれど、」其処まで言って言葉に詰まった「けど、けれども、ね……」

「……うーん。若の為ってぇ姉さんの気持ちも分かるんだけど、最近物騒ですしねぇ」


 ううむ、とたくし上げた着物の袖を直し、リンはもう一つ唸った。その足下で、カイトから借りてきたらしい草子を抱えたミクが立ち止まり、二人を見上げる。
 丸く照る瞳に目を細め、ルカはその柔らかな頬を撫でた。擽ったそうにミクは首を竦める。


「ね、少しだけ。時間をとったりなんてしないわ」

「でも、あたしに言われても。若に、……は言えませんよねぇ」

「……? あねさま、どうか、したんですか?」


 見上げてくるミクのみどりの長髪を梳きながら「すこしね」と簡単に応えた。子供の髪独特の指の先でするりとほどけていく感触を楽しむ一方、ルカはまつげを揺らして再び溜息を吐く。
 リンを困らせているのは承知していた。本当ならば自分はこのような事を言っても良い立場ではないのだ。座敷牢の奥の奥、押し込め閉じこめられたとて何一つ言えない身でありながら、こんな待遇まで頂いて。その上自由を借りたいなどと烏滸がましくも申し立てる。
 それでも、とルカは下唇を噛んだ。彼はそんな自分に自由にしても良い何かを与えてくれたのだ。


「……」


 たっ、とミクがルカの手をどけ、座敷を走り去っていった。子供ながらに気まずい雰囲気を感じ取ったのやもしれない。不愉快な気分にしてしまっただろうか、と申し訳なく思う。
 相変わらずリンは困ったように眉を曲げ、ルカから目を逸らすようにしていた。

 これ以上は不毛に困らせるばかりだ。
 ルカはあきらめのいい方だ。溜飲の下がらないものの、何とかしょうがないと言うところまで気分を持って行くことにした。
 工夫をすれば他にもいくらか遣りようがあるはずだ。まずはカイト辺りに相談してみよう、と考えた。

「それならば仕様がありませんね」と口を開きかけたところで、ばたばたと騒がしい足音が廊下からこちらの座敷までやってくる。



「ミク?! 何、どうしたってのよ!」

「こっち!」


 どたばた騒々しい足音に、赤髪を揺らした若衆の一人が不可思議そうな顔をして座敷をのぞき込んだ。が、それから足音の主をみとめて軽く肩を竦めて無言で去っていく。
 それにも気づかない足音の主は、それまで小さなミクに手を引かれ前のめっていた姿勢をぴんと正すとそこでやっとこルカとリンに気づいた。


「リンにルカじゃない。どうしたの、ふたりして」

「メイコの姉さん!」


 走った拍子で顔にかかった鳶色の髪をひょいとはねのけたメイコは「ん?」と首を傾げた。


















「はぁ、まぁ私がいりゃあ安心ってね……」

「メイコの姉さんならそんじょそこらの若衆連れるより安心だもんね」

「どういう意味かしら、それは」


 後ろでリンとメイコが長閑に会話しているのを余所に、からころからとミクは下駄を鳴らして鳴らしてルカの手を引き歩いていく。
 主に雑貨や嗜好品を売る店屋が並ぶ通りは、麗らかな秋の天気も手伝ってか大勢の人で賑わっていた。


「あねさま、あねさま、こっちです」

「待って、ミク、走ったら厭よ」


 様々な雑貨に目移りするものの、結局の所ルカの目当ては一つなのだ。
 ミクに手を引かれていった先の一つの店屋に、ぱあと目を輝かす。簡略化されたかんざしの看板を掲げたそこは、煙管をくわえた男が店頭に座っているばかりでは陰気な様子だったが、それでも何人もの女子供が集まっているおかげか随分とにぎやかな空気を辺りに漂わせていた。




「簪屋?」メイコはかくんと首を傾げる「ルカ、重いからってかんざしはあまり着けなかったわよね?」

「そうだね」

「急に興味がわいたって?」


 メイコの言葉に、にししとリンが婆臭く笑う。




「あねさま、ここです」

「……わぁ」


 幼子のように淡い歓声を上げて、店先に並べられた煌びやかな小物達を見下ろす。
 金や銀の装飾を纏った其れは秋の日差しをまばゆく反射し、木や陶器で作られた其れはしっとりと光を吸い込むようだ。


「……こりゃ、珍しいお客様だ。かむいさまのお台所様ときた」


 不意に、煙管を加えていた店主の男が口を開いた。
 髪を引っ詰め疲れた顔つきの男はひどく緩慢な態度で一息吐くと、薄く隈の浮いた瞳でルカを見上げる。


「え? 何かお言いになられましたか?」

「っあんた」


 上手く聞き取れなかったルカと男の間さに素早くメイコが割り込んだ。
 韋駄天もかくやのその早さに、男はひゅうと唇をとがらせる。


「いんやぁ、何にもしたりはしねぇよ。こちとら処場代払って厄介払いしてもらってる身だ。……身内もかむいさまに雇われてることだしな」

「身内?」

「こっちの話だよ。とにかくあんたらが買い物してくれて処場代が還元されるならこっちのモンってこった」


 さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これほど見事な髪差し簪捻り止め、この国広しと言われども、手ずから一から作り上げたるはこの本音堂ばかり! まずはお手にとって一見、一目で分かるはその違い! お国の総本山も御用達だよ!

 両手を広げにやりと笑い、やたらと朗々と男は言った。












「あら、それいいじゃない、きっと似合うわよ」

「そうですか?」


 メイコに言われて、顔を輝かせてルカは自分の手の内をのぞき込む。
 藤袴を象った華奢な作りの髪飾り。控えめで主張は激しくないがしかし凛と儚く流れるそれは、桃色のルカの髪にならさぞかし似合おう。メイコはそう考え言ったのだが、本人としてはその意味ではないらしい。抱きしめるようにして其れを抱え込み「それならこれにしましょうか」と懐から財布を取りだし、自分の頭に当てることすらしない。


「枝垂れ桜もよいかと思ったのですが、若には藤袴が似合うのではないかと」


 花の咲くような笑顔とはこのことと言わんばかりの顔でそう言ってみせる。


「……若? それ、若にあげるの?」

「ええ」


 頷き愛おしそうに手の中の髪飾りを撫でる様子は余りに甘い菓子のようで、うわぁっとメイコは充てられた気分だった。


「そう……若に、髪飾り、ねぇ」

「やはり、可笑しいでしょうか? 男性に、そんなもの……」


「……まぁ、いいんじゃないの? 若、似合いそうだしね」


 買っていっておやりよ、とその白い手の中の薄紅を軽くはじく。
 もう一度ぱあと咲いた笑顔の花を横目で見ながら、メイコは自分も何か買おうかと緋毛氈に並べられた色とりどりの花簪や髪留めへ目を向ける。竜胆桔梗、鬼灯水仙、芥子に椿に枝垂れ桜。どれも精巧に、かつ美しく造り上げられている。職人の腕が伺えた。
 恐らくそれを造ったのであろう張本人は、煙管を片手にひたすら気怠げな様子で街通りへ目を遣っている。






**********
この下のその2に続きます
なんで和風パロはこんなに長引くんだい?

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